事態はより深刻に(写真はイメージです) 


従業員の安全は最優先


「最早、万引きという代物ではない。窃盗団です」というのは、万引き被害を受けたあるドラッグストアの店長だ。


「ウチに来たのは男女四人組のようでした。ちょうど夕方の繁忙が終わり、パート従業員が帰宅し、店員が少なくなった時でした。1人を車に残したようで、3人が店内に入り、1人が店員にあれこれ尋ねて注意を引き、1人が見張り役、残る1人が化粧品や医薬品を端から袋に入れると、一斉に逃げだして車で逃走。あっという間でした……。いえ、追いかける間もない。店員は女性が多いですから追いかけて、逆に暴力でも振るわれたら大変です」


 実際、ある業界通によれば「男性店員が追いかけたら、逆にワンボックスカーに引きずり込まれ、人気のないところで車から突き落とされた、なんていう例もある」そうだ。加えて、レジ袋が禁止になり、マイバッグを持参するようになって以来、マイバッグが万引の道具になっているそうで、「マイバッグ持参の客は要注意」なんていう店長もいる。


 盗まれる商品はもっぱら化粧品と医薬品。数千円の商品ばかりなのだ。しかも、盗難は営業中ばかりとは限らない。大手紙の名古屋支局の記者が解説する。


「愛知県あま市で閉店後のドラッグストアにフードを被った4人組がバールでガラスを破って侵入。まっしぐらに化粧品、医薬品棚に行き、並んでいる商品を袋に詰め込み逃走した姿が防犯カメラに写っていました。その間、たったの7分。盗まれたのは化粧水とファンデーション、乳液、それに風邪薬など570点、170万円相当だった。しかも、その晩、近くのドラッグストア数軒も同様の被害を受けていた」


 盗品はベトナムに送られ、販売されているという。日本製化粧品はアジア人の肌に合うといわれ、ベトナムでは大人気だそうだ。かつて、ベトナム航空の客室乗務員が盗品の化粧品を機内に持ち込んで輸出していたことが摘発された事件があり、調べたら多くの客室乗務員が〝運び屋〟をやっていたことが判明したが、昨今はもっと大胆、組織的になっているという。


 ある大手紙の記者が話す。


「警視庁の捜査3課と愛知県警などとの合同捜査で実態が明らかになりました。万引きグループは千葉、埼玉、大阪に4ヵ所の集積所を設け、そこに盗品が集められていた。その集積所を管理していたのもベトナム人で、そこからベトナムに正規で輸出していた」


 盗品は日本語のラベルが付いているが、模造品が出回っているベトナムでは、かえって〝正規品〟ということになるのかもしれない。それにしてもなぜドラッグストアがベトナム人に狙われるのか。


 ある私立大学教授が説明する。


「新型コロナウイルス禍以後、日本に来る技能研修生で最も人数が多いのがベトナム人です。それぞれ工場や建設現場などで働いていますが、劣悪な環境や低賃金に嫌気がさしたり、上司とトラブルが起こると、職場を放棄している人も多い。しかし、ベトナムの送り出し機関の費用が高く、ほとんどの人が借金して来日していますから国に帰れない。以前、北関東で豚の盗難事件が起こり、犯人は不法残留となっていたベトナム人で、彼らが食べていたことが判明しましたが、職を失い、収入もない窮状から彼らは窃盗に走りやすい」


 だが、万引きされるドラッグストアはたまったものではない。


 ある大手ドラッグストア社長が説明する。


「警察から指導される前から防犯対策をしています。インバウンドが多くなるとともに万引きも増えましたからね。防犯カメラを設置し、店員が商品を補充しながら巡回したり、不審客には〝お探しのものはなんですか〟などと声掛けするようにしたりしました。さらに店頭に買い物かごを用意し、万引き防止ゲートも設置しました」


 しかし、これで万引きがなくなったわけではなかったと続ける。


「万引き防止ゲートの使用では商品にタグをつける必要がありますが、そのタグが1個7円もする。デパートと違い、ドラッグストアはディスカウンターですから、採算上、安い商品には付けられない。タグをつけるのは数千円以上の商品に限られる。ゲートの高さも最初は1・5メートルだったら、バッグを持ちあげて通過してしまうんですよ。今は高さを1・7メートルくらいに高くしています」


 ところが、稀に防犯ゲートが誤作動することがあるそうだし、マイバッグ内にアルミを張り付けると、ブザーが反応しない、という話もあるという。もっとも、ブザーが鳴っても、万引犯の逃げ足が速く、追いつけそうもないのだ。


 さらに、警察庁が薦める防犯対策で有効と思われるものがあるが、ほとんどのドラッグストアには実施が難しい対策もあるという。


 ある流通コンサルタントの話。


「高額商品は商品棚に空箱を置き、レジで後ろの棚から実物を出すように警察は勧めています。しかし、ドラッグストアの店舗はスーパーほど広くない。レジの後ろは狭く、実物を置くスペースがない。だいいち、風邪薬や花粉症の薬などはシーズン中は1日に100個くらい売れる商品です。空箱やショーケースに入れていたのでは数個しか売れなくなってしまう。まして警備員を雇うほどの余裕はない。万引きと防犯対策はイタチゴッコしているようなものですよ」


 付け加えれば、大量万引き犯を逮捕しても、オーバーステイであれば、国外退去させることになるが、今度は退去させた人物が日本にいる仲間に万引きを指示する役になっているとも言われる。


 ドラッグストアにとっては、オーバードーズ対策を求められて苦慮しているうえに、万引き対策も加わり、いまや二重苦だ。