5つの利点


 DTxは医薬品と比べて、5つの利点がある。第1は日本の3分診療では、十分な実施が不可能である認知行動療法を患者の参加を得て、十分に施術できる可能性があることだ。第2は診療と診療の空白期間の患者情報を得られることだ。これによって病院やクリニックだけではわからない患者の生活や行動の経時変化を医師が把握できる。患者ごとにきめ細やかな認知行動療法やそれ以外の治療を提供できる、つまり個別化医療が可能となる。第3は患者の気づきを得ることができることだ。認知行動療法の要は患者自身が自律的に自分の生活や行動を見直し、修正することにある。DTxは自らの行動やその結果を患者に見える化することで、患者の行動変容を促すことが可能だ。


 第4は医薬品と比べて、開発期間と開発費用が10分の1から100分の1で済むことだ。とくに日本のベンチャー各社はDTx開発プラットフォームを確立しており、疾患ごとの調整は必要だが、迅速に個別の治療アプリを開発できる体制が整っている。第5はDTx原価が安いこと。主なコストはソフト開発費用(人件費)だ。医薬品は新工場や新製造ラインに数百億円程度の投資が必要だが、DTxは企業のサーバーからダウンロードするだけだ。しかも、製品在庫という概念もない。


 ただし、DTxはソフトウエアであるため、継続的にバージョンアップする必要があり、スマホのOSの変化にも対応しなくてはならない。こうしたことを踏まえても、DTxの製造コストは医薬品とは比べ物にならないぐらい小さいのだ。


 10年8月に世界初のDTx「ブルースター」を米国食品医薬品局(FDA)が糖尿病の治療用アプリとして製造認可した。遅れること10年、日本では20年8月21日にキュアアップが「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ」の、22年3月に「CureApp HT高血圧治療アプリ」の、続いて23年2月にサスメドが「サスメド Med CBT-i不眠障害用アプリ」の製造販売承認を取得、第1期のDTxの商業化が始まった。


 しかし、この後、DTxの実用化に急ブレーキがかかる。その背景には厚労省と財務省の予算折衝の際に、DTxをスケープゴートにしたことが原因だ。また、厚労省の内部事情として、薬局の権限拡大の材料としてDTxが狙われたこともあった。保険適用する際に、日本で実用化された2番目までのDTxは診療報酬として支払われていた。


 しかし、24年4月の診療報酬改定で大きな制度上の変化があった。診療報酬ではなく、特定保険医療用材料として算定されるようになったのだ。診療報酬は医師会の抵抗で下方硬直性がある。そこでDTxを診療報酬の対象から外し、財務省との取引材料としたのだ。この結果、薬局がDTxを取り扱うことも可能となった。DTxのダウンロードやバージョンアップを薬局で処方するというのだ。当然、処方料も確保する格好だ。


 厚労省も流石に申し訳ないと思ったのか、DTxを評価療養(いわゆる混合診療)で認めるという飴も用意した。これによってDTxの適応拡大が可能となったことは事実だ。第2期のDTx実用化にも拍車がかかった。瓢箪から駒だが、とにかく実用化の助けにはなった。DTxは巨大市場の生活習慣病と今後市場拡大が約束されている精神神経疾患の治療に不可欠なモダリティだ。幸い、まだビッグ・ファーマはDTxに本腰を入れていない。ここで日本がなんとか遅れを取り戻さなくては、間違いなく明日はない。