何かを決めなければ何事も始められない。陸上自衛隊の作戦術教育においても、達成可能な目標を設定し、そのための中間目標も設けることが徹底される。それにもかかわらず、戦傷病から自衛隊員を救命するための目標が不明確である。装備品と異なり、戦傷病者の救命には厳しい時間制限があるため、受傷や有毒化学剤などへの曝露時からの時間経過により、救命の可否を判断する目安や、後送の優先度に応じた時間区分を各国軍隊は設定している。


 この目安は統計に基づくもので、必ずしも、これらの時間内に処置を行い、後送して治療すれば救命できるものではない。また、これらの制限時間を超過しても生存している戦傷病者もいるものだ。しかしながら、目安がないことには作戦計画を立てられない。


 ドクトリンとは本来、国是、国防戦略を踏まえた作戦を実行するために必要な行動指針・原則等に関する最小限の基本的事項である。


 米陸軍においては


Concept 方法や要領の「考え方」

Doctrine Concept を運用上の利便性を考慮し、要点に絞って整理した権威ある「原則書・指導書」と定義される。


 Doctrine にConcept名を冠して呼称するため、陸上自衛隊の救命に関する「考え方」の権威ある「原則書・指導書」が「陸自救命ドクトリン」の意味だが、果たしてそれだけの機能を備えているのだろうか。陸自救命ドクトリンの決定的な誤りは時間を目標にしていることにある。本来は救命率を目標とし、時間はそれを達成するための中間目標と位置づけられる。


 当初、外傷死の3つのピークについて、受傷直後の第1のピークは防護や部隊運用により防ぎ得た死を20%未満に抑える。受傷後から4時間までの第2のピークは救急処置・応急処置により防ぎ得た死を10%未満に抑える。受傷から1週間以降の第3のピークである治療中の死亡率は1%未満に抑える。この達成のために時間目標を決めるものであり、自衛隊には死亡率を抑える具体的な目標がない。


 また、早く後送することばかり考えていては、後送先の治療施設の能力を超えてしまい。救命率はむしろ低下する。このため外国の軍隊では救命の可能性がある戦傷病者のみを後送するよう、何度も評価・判定を繰り返す態勢を執る。


 これまでに述べてきたように、軍事の革命と脅威の変化により、米軍では前線からの後送時間を平均1時間以内に行えた時期があった。しかし、ウクライナの戦闘では再び本格的地上戦が勃発した。本格的地上戦に大きな変化が訪れることも連載で述べてきたとおりだ。しかも日本で生起するおそれがあるのは本格的地上戦であり、1時間以内の後送などできない。今は、平時の救急医療での時間目標は受傷から病院到着までを30分から45分以内としており、陸自が丸写しした「1時間」という時間目標は民間でも存在しなくなっている。