転倒予防、運動指導に利用


 第3がこのデジタルツインを活用することで、病院内の転倒・転落予防を行う。ナースステーションのモニターに病棟のデジタルツインを映し、転倒・転落が起こりやすい場所を表示して看護師の注意を促す。また、AIを活用して患者の動き方のパターンや傾向も分析する。


 メタバースを使った体操指導も予定している。研究を担当する浅岡医師は「診察の時に患者さんに『運動してください』とは言いますが、実際日常生活でどのように運動を取り入れているかについての詳細はわかりません」と、患者の自宅での生活、とくに食事や運動、睡眠の実態の把握が難しいと語る。


 そこで、自宅にいながら運動できる機会を提供し、口頭指導のみの場合と比較する研究を考えた。6月頃から遠隔リハビリテーションを行って、フレイル予防に取り組む。患者には遠隔で参加するためのタブレット端末と、活動データやバイタルサインを測定できるウェアラブルデバイスを渡す。また今後アバターとして患者同士が触れ合うことによる社会的フレイル予防の実証研究も行うことを予定している。


 このほか、初診患者や高齢患者が迷わないように、ホームページに医療センターの3Dスキャン画像を掲載し、事前に院内を仮想体験してもらえるようにする。実際の受付にチャットGPTとアバターによるAI音声案内も導入し、受付の業務負荷軽減につながったかどうかのアンケート調査も行う予定だ。


 この共同研究は「パーソナル・アダプティブ・スマートホスピタル共同研究講座」という名称で、人の動きに物や建物を合わせることで転倒・転落などのリスクを予防する「ホームアダプテーション」の考え方を発展させたもの。一般的に病院の造りは画一的になりがちで、患者側が建物に合わせて動くしかないが、「本来ならば患者の身体的、精神的特徴や入退院前後の社会環境、生活環境なども考慮した患者一人ひとりに合わせた空間になるのが理想的」と、活動全般の取りまとめを担当する根本絢子氏(鹿島建設営業本部医療福祉営業部営業課長)は語る。最先端のデジタル技術を応用することで「病院を人に合わせる」方法を生み出すのが今回の研究の目的だ。


 企業との共同研究をこれまでも積極的に行ってきた順天堂大学は22年にIBMとの共同研究でメタバースを利用した家族の面会や通院支援も行っており、もともと先端技術の活用に積極的だった。IBMとの研究はソフト面でのデジタル技術の活用だったが、今回は病院という建造物とメタバースとの活用を考えるため、医療センターを建設した鹿島建設との共同研究に至った。


 順天堂としてはデジタル技術の活用による患者サービスや医療の質の向上、働き方改革に伴う労働環境改善や人手不足解消などをねらい、研究成果を本院や大学関連施設に展開することも視野に入れている。鹿島としてはそと部屋やデジタルツインなど、すでに取り組んでいたことを医学的に検証でき、医療福祉分野での展開のほかオフィスなど他分野への応用を図れる。


 研究は23年7月から3年間の予定で、初年度は研究を進めていくための基盤づくりを行い、2年目から実証研究によるデータ計測や検証、3年目に研究成果のまとめと社会実装の検討に入る。今は2年目に入るところで、そと部屋開発の責任者でもある権藤尚氏(鹿島建設技術研究所建築環境グループ長)は「2年目がかなり山場になるかなと思います。想定外のことが起きたり、修正することも出てくると思いますので、それらを乗り越えながら3年目の社会実装に向けての検討に入っていくと思います」と話す。


 医療と建設という異業種による最先端の取り組みとして注目されるが、両者ともに専門性の高い領域であり、共同といっても簡単ではなかった。「最初はお互いに言葉もわからなくて、『メタバースって?』というところから、(鹿島から順天堂に)説明していただいたりしていました」と浅岡医師は少し笑いながら話す。


 最初はデバイスを使ってメタバースの体験会を実施するなどして、丁寧に認識を合わせながら始めたという。その後、医療現場の課題を出し合い、多くのテーマの中から研究として実現性の高そうなものを選び、残ったのが先述の内容だった。