■AIやロボティクスを駆使した研究も進展


 長井大会長が述べた「AI技術による赤ちゃん学の変化」がわかる実例を以下に紹介する。


【二者間の“社会測定”で障害の可能性を検出】Leong氏は特別講演で、乳幼児における「二者間の社会測定(dyadic sociometrics)」の実際とその意義を述べた。同氏らは「赤ちゃんが社会的なパートナー(養育者等)の観察や相互交流を通して基本的な認知スキルを学ぶプロセス」である「社会的学習(social learning)」を研究し、英国では「BabyLINC Cambridge」で、シンガポールでは「BabyLINC SG」で紹介している。2拠点あるため、テーマによっては国際比較も可能だ。


 社会測定にあたって、赤ちゃんは頭(ストレッチ性のあるキャップ上)に脳波(EEG)電極、胸に心電図(ECG)電極を装着し、神経信号と生理信号がワイヤレスで別室の観察ステーションに送られる。ベストに取り付けた小型マイクが音を拾い、モーションキャプチャカメラが動きと姿勢を追跡する。おもちゃには視線追跡ソフトウェアを搭載する。まずは赤ちゃん単独でおもちゃから別のおもちゃに注意を移すときの視線のパターンを観察。次いで、同様の測定装置を着けた心理学者が入室し、それぞれが異なる社会的反応を引き起こすよう設計されたフェーズを通して「社会的相互作用」を見る。その後、視線・姿勢・覚醒度・脳波・発語など複雑なデータセットから、赤ちゃんと成人間の神経同期等を、機械学習アルゴリズムによって解析する。


 測定データの定量的評価方法や相互作用データの解析方法など、引き続き検討すべき課題はあるものの、観察者の熟練度に依存する従来の「社会観察尺度」に比べると強力な研究手段といえる。社会的相互作用の障害として特徴づけられることが多い発達障害や精神疾患の早期発見への応用が期待される。また、同様の手法で対象を拡げて患者とセラピスト間の相互作用を調べ、回復度を知ることも可能かもしれない。また、非侵襲的とはいえ、EEGやECGの電極装着には異物感があるが、許可を得て一定時間、保育の現場の自然な状況をスマホで撮影し、赤ちゃんの行動をAIで解析する試みも今学術集会で発表されていた。


【発達障害者の特徴と困りごとをロボティクスで見える化】認知発達ロボティクス研究室(長井研究室)」は、「予測情報処理理論」をベースに、認知発達を支える神経基盤に対する理解を構成的アプローチ(前述)で進めようとしている。人間の脳は「予測する機械」と言われる。視覚・聴覚など感覚器を通して得られる信号は、脳でそのまま知覚されるわけではない。脳が過去の経験をもとに予測した感覚信号と統合して認識される。予測情報処理によって人は、一部しか見えない物体を想像したり、他者の表情や動きからその人の意図や感情を推し量ったりできる。一方で、知覚の歪みによる錯視が生じたりする。


 長井氏らは、「人間の予測機能がいつごろ獲得されるのか」「そこにどのような個人差があるか」を、iCub(アイカブ;身体性認知科学の研究プラットフォームとしてイタリア技術研究所が開発した幼児型ヒューマノイドロボット)と子どもの描画能力を比較する実験で調べてきた。研究室見学では、「花」「乗り物」など特定のテーマで一般参加者が描いた一筆書き(提示された絵)の続きを、iCubが描画した。デモだけでは明確にはわからないが、予測機能をバランスよく設定した場合は高年齢の子どものように絵を完成する。予測機能を弱くするとなぐり描きになり、強くすると提示された絵に拘わらず同じ絵を描く。ここから「予測機能をバランスよく獲得することが、人間の知能発達の基盤にある」「そのバランスの変化が個性につながる」ことがわかってきた。この考えを拡張することで自閉スペクトラム症(ASD)などの発達障害が生じる要因を解明できるのではないかと考えているという。


 もう一つのデモは、熊谷普一郎氏(東京大学先端科学技術センター教授;小児科医、当事者研究)のグループと共同開発した「ASD視覚体験シミュレータ」。ヘッドマウントディスプレイに取り付けられたカメラが取り込んだ視界内の情報を、接続した計算機が瞬時にASDの人と同様の見え方に画像処理し、装着者のディスプレイに再現するもので、他の見学者も同じ画像をPCのモニターで確認できる。「知覚過敏」「知覚鈍麻」といった教科書的な用語からは想像がつきにくい症状を実感した〈図〉


 開発にあたっては、22名の当事者に明るさ・動き・音などの特徴が異なる29種類の映像を見せ、過去の経験を、実験者が用意したフィルタ(砂嵐状ノイズ、コントラスト強調、高輝度化、無彩色化、不鮮明化、エッジ強調)を用いて再現するよう依頼。共通症状と、それを引き起こす環境要因の関係を詳細に分析し、典型的パターンをプログラム化して装置に実装したそうだ。


 長井氏は「賢いロボットをつくりたい」という純粋な気持ちで研究を始めた後、「人はどうやって賢くなるのか」に興味がシフト。その後1999年頃に、浅田稔氏(大阪大学特任教授)や國吉康夫氏(東京大学情報理工学系研究科教授)が中心となって立ち上げられた「認知発達ロボティクス」研究(人のように学習し発達するロボットを創ることで、神経科学で得られた仮説を検証し、さらにそれをフィードバックして人への理解を深める研究分野)に魅力を感じ、博士課程で青山学院大学(理工学研究科)から大阪大学(工学研究科)へ。さらに2012年頃、熊谷氏らと出会い、障害や病気の当事者として自分を研究する「当事者研究」と関わることで、学習や発達がうまくいかない仕組みの解明にも着手した。研究で得られた知見を、発達障害者のための支援技術の開発に応用し、発達障害者の自己理解を促すとともに、包摂的社会の設計に役立てたいという。