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薬育と食育

2023/08/31 会員限定記事

言葉が動かす医薬の世界 57

 約10年前に「創薬」という言葉に対応して「育薬」という言葉が生まれ、関係者の間で活用されている(本欄5回参照)。


 最近、「食育」という言葉が一般市民の間で汎用されるようになってきた。ここでいう「薬育」とは、多分この食育という言葉に刺激を受けて薬系の識者が創った新生語であろうと推察する。


 そもそも食育とは何か。食育・食生活指針の情報センターによると、「国民一人一人が、生涯を通じた健全な食生活の実現、食生活の継承、健康の確保が図れるよう、自らの食について考える習慣や食に関する様々な知識と食を選択する判断力を身につけるための学習等の取組みを指す」とある。


 食育という言葉のルーツは明治31年(1898年)石塚左玄の著書『通俗食物養生法』に「今日、学童を持つ人は、体育も智育も才育もすべて食育にあると認識すべき」と書き、明治36年、村井弦斎(報知新聞)が、小説『食道楽』のなかで「小児には徳育よりも、智育よりも、体育よりも、食育がさき。体育、徳育の根元も食育にある」と記したところに由来するという。食育は誠に古くて新しい言葉である。それにしても、先人が諭した言葉の意味が、科学・文明が大発展した21世紀の今日において復活し、営々と活きていることに驚く次第である。


 一方、澤田康文教授は『薬を育てる・薬を学ぶ』の新刊書で、薬育とは「国民一人一人が、自分自身と同胞の疾病治療、健康増進のために日ごろから薬について考える習慣を持ち、薬への理解と薬を育てる精神を深めるとともに、薬に関する様々な知識と判断力を身につけるための知識の普及や啓発のための活動」と定義している。


 治療法がなかった病気に有効な薬が見つかり、手術療法がメインであった病気が薬物療法により回復するなど病気の治療と予防に果たす薬の役割は急速に進歩し、拡大している。また、分子標的薬や抗体医薬の進歩は一層治療域の幅を広めるとともに治療満足度を高めてゆくであろう。さらに、生活の質を高めるための生活改善薬の登場もある。このように日常生活の中で、薬はより重い役割りを持つようになった。


 一方、薬に伴う副作用問題—薬害—も、サリドマイド、エイズからフィブリノゲンと残念ながらあとを絶たない。また、最近はセルフ・メディケーションの重要性が強調されるとともに医療のあり方も医療側と患者側の協同作業に変りつつあり、インフォームド・コンセントも普及した。さらに、IT化の進歩により専門的情報を入手することも容易になってきた。そのうえ、「違法ドラッグ」の問題もある。


 このような環境の変化のなかにあって、一般市民は薬の理解、知識と薬の基本的判断力を養うことが必須になってきた。これを支えるのが薬育である。


 薬はどのように効くのか、副作用はなぜあるのか、1日3回のむのはなぜか、服用時間はどのように決めるか、錠剤と注射の違いは、薬はどのように創られるか、のみ合わせはどうして起きるのか…など市民として知っておくべき薬の基本的事項の啓発が薬育である。


 かって製薬協が提案していたように小・中・高の教育に食育や薬育を入れることも重要だ。現行教育のなかの知育・体育・徳育と食育・薬育の関わりを明解にした上で、理科教育、家庭科教育、社会科教育などに入れる教育コンテンツの作成が必要である。健康日本21を創るためにも、薬育・食育という言葉が日常生活に、さらに普及、定着することを望む。


神原秋男 著
『医薬経済』 2007年12月15日号

2023.07.28更新