医学雑誌に載った臨床研究論文の不正発覚が、製薬企業、大学、学会、そして専門メディアが絡んだ構造問題を炙り出した。きっかけとなったノバルティスファーマの降圧剤ディオバン(バルサルタン)のブランドイメージは、もはや地に落ちてしまった。不信を抱いた臨床現場では購入拒否も始まり、年間1000億円の売り上げを誇った、かつての勢いはない。今年前半から秋にかけて一般紙も含めて連日のように報道が続いた。厚労省も検討委員会で議論し、中間報告をまとめた。しかし、一体何がどうしてこうなってしまったのか。この問題の本質は何なのか。そういう側面での分析、議論は、まだまだこれからだ。そうした中、医薬経済社は茂木静社長の呼び掛けにより、今回、記者座談会を開いた。速報媒体「RISFAX」、隔週雑誌「医薬経済」を舞台に、取材を続けている井高恭彦、今岡洋史両記者がジャーナリストとしての見解を、それぞれぶつけ合った。その模様を一挙、公開する。【座談会は2013年10月16日、医薬経済社にて実施】
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茂木 ディオバン問題がだいぶ大きくなって世間を騒がしている状況になっています。国の検討委員会で中間報告も出たので、これまでを振り返りながら話をできればということで、リスファクスと医薬経済を舞台に取材・執筆を続けてきた記者2人に登場してもらって、話をしてもらいます。井高記者と今岡記者。まず、いつ頃からディオバン問題意識して、どの辺に着目していましたか。
井高 自分がとりかかったのは、かなり遅いです。2月にヨーロピアン・ハート・ジャーナルの論文撤回があって、その辺りから、一般紙を含むこの問題の報道が過熱していったように思います。大規模臨床試験の問題点というのを、一般紙もいよいよ取り上げる時代になったんだなあ、と、ある意味、感慨深く、心強く感じていました。しかし、自分自身は、以前から大規模臨床試験が、いろんな問題を抱えているという認識があり、それなりに記事も書いてきたつもりです。だから、そのひとつであるディオバンの研究を各紙が追い始めたからと言って、とくに焦って後追いしようとは思わなかったです。
ただ、京都府立医科大学の調査結果でデータ操作が明らかになって、この問題は、違う貌を見せ始めました。そこから各紙の報道もデータ操作したのは誰なのかという犯人捜しのニュアンスが強くなりました。もちろんそれはとても大事なのですが、果たして事件的な側面の追求だけでいいのか、構造的な問題はおざなりでいいのか。そんな思いを抱いて、取材を始めました。具体的に言えばJ-CLEAR(臨床研究適正評価教育機構)の先生方が7月20日に開いた記者会見からです。
茂木 今岡記者は、それ以前からも取材していましたが、いつ頃からですか?
今岡 4月頃ですね。きっかけは毎日新聞の報道でしょう。元社員が、大規模臨床試験に関わっていたという報道で、少し様子見をしていました。というもの、ちょっとピンとこないところがありました。この問題は「何が悪いのか」というと点がわかりにくい。利益相反の問題はあるにしても、臨床試験に製薬企業の社員が関わっていることは珍しくありませんでした。また、その時点では明確な法律違反があるというわけでもなく、健康被害の報告されているわけでもありません。だから「騒ぎすぎ」という人もいました。ただ、何かがおかしいというのは、感じていました。というのも、もともと10年前にディオバンの大規模臨床試験「VALUE」の取材をしたとき、現在のJクリアの理事長の桑島先生がディオバンの大規模臨床試験に批判的な意見を述べていました。それを記事にしたことがありました。そのときノバルティスからは呼び出されてクレームを受けたりとか、そういう経験があったので、今回の問題は、ひょっとすると、そのときの経験と関連があるのではないかと思いました。何かしらおかしなことが起こっているのは確かだろうということで、とにかく取材をはじめました。
茂木 何か臭うぞと……。
今岡 何か明確に悪いということがわかっていたわけではないです。
茂木 2人とも大規模臨床試験というところに、問題が潜んでいそうだという問題意識はあったということですね。
今岡 もう一つ今年のことと関連していえば、利益相反の問題で、日本製薬工業協会の透明性ガイドラインの運用が実施されました。それと関連がある問題だというのがありました。
茂木 これほど大きくなると思っていましたか?
井高 いまも取材している最中なので、問題が大きくなっているのか、小さくなっているのか、よくわからないところもあります。少なくとも大規模臨床試験の構造的な問題は以前からあったわけで。ディオバン問題は、そこにデータ操作というショッキングな事件性が加わることによって、世の中の関心が高まったのではないでしょうか。関心が高まるにつれて、常態化していた大規模臨床試験の構造問題がクローズアップされるようになりました。
茂木 厚労省が検討委員会を設置するとか、それから一般紙がこぞって取り上げるとか、問題が長びくとか、それをもって大きいといっているのですが、そういうことになりそうだと思っていましたか?
今岡 いや思っていないですね。そういう点で自分も認識が甘かったと思います。
井高 僕も思っていません。
茂木 どこかで決着がついて、収束していくと。
井高 繰り返しますが、データ操作というある意味わかりやすい不正があったからこそ大きくなったと思います。しかし、大規模臨床研究で、ちょっとおかしいなというのは、これまでだって山のようにありました。だけど、誰も報じてきませんでした。今回はデータ操作というある意味ショッキングなことがあったから注目され、構造問題にようやく光が当たりました。結果的によかったのですが、逆に言えばデータ操作がなければ誰も見向きもしないままだったかも知れません。
茂木 山ほどある……?
井高 ちょっと言い過ぎかもしれませんけど。
茂木 山ほどあるという感覚はどの辺からですか?
井高 私はメーカーとのタイアップで国際学会の取材などに行った経験があります。このセッションと、このセッションを取材して記事にしてくれということで行きます。で、毎回、おかしいなと思うのは、メーカーがスポンサーで、お金を出した試験というのは、大体、そのメーカーにとって、都合のいい結果が出ているわけです。
茂木 バイアスがかかるものだと。
井高 メーカーも株式会社ですから、スポンサーとしてお金を出した試験にバイアスがかかるのは、ある意味、当然とも言えます。しかし、どんな研究でも試験デザインの組み方とか、統計の読み方でいくらでも、いいことが言えてしまうんだな、恐ろしいな、という問題意識を、もともと抱いていました。ディオバン問題は、昨年4月に、京都大学の由井芳樹先生が「データが奇妙」と、初めからデータ操作疑惑を匂わせていました。そこから、一般紙も動きました。それはそれで非常にいいことだと思います。とうとうこういうところまで、一般紙の記者が入ってくるようになったのだなと、そういう感じでした。しかし、最終的に、構造問題にまで光を当てなければ「特定企業の特殊な出来事」という一過性のもので片づけられてしまう。それじゃまずいだろうと。
茂木 業界常識が、実は非常識だった。そもそも一般的には許されないのだということでしょうか。
井高 結果的には許されない流れになってきているんですけど。これ言ったらもともこもないですけど、メーカーも企業なんで、自分たちに都合がいいように持っていこうとするのは仕方ない面もあるわけで。都合のいいように持っていくなと言われても、お金も出している手前、なかなか難しい。メーカーがスポンサーの大規模臨床試験というのは、もともと、そういうものだという認識をはじめから持つことが大事ではないでしょうか。日本の実地医家の先生方、専門ジャーナリズムに、そういう認識があまり希薄過ぎました。
医薬経済社 記者座談会(中編)
医薬経済社 記者座談会(下編)