シリーズ『くすりになったコーヒー』

 たった1つが不足しただけで欠乏症という病気を起こす食物成分(ビタミン、ミネラル、アミノ酸、不飽和脂肪酸)がざっと50種類。これらを必須栄養素と呼んでいます(詳しくは → こちら)。


 必須栄養素は全てが揃ってはじめて健康でいられます。健康な体とは、まるで宇宙ロケットのようなもの。ネジ1つでも欠けると壊れますが、全部揃えば夢が叶います。そんなメカニズムのことを、生理学では相乗(シナジー、Synergy)と呼ぶのです。


●シナジーとは、2つ以上の筋肉、神経、酵素、ホルモン、薬物などが協働的に作用して、相乗的な効果(1+1 → ≫ 2)を生む。


 シナジーは自然界のいたるところに見られます。ミクロの世界から、マクロの人間同士まで……「三人寄れば文殊の知恵」もその一例。同じことがコーヒー成分にも見られます。


 カフェインもクロロゲン酸(コーヒー・ポリフェノール)も、必須栄養素ではありません。ですからコーヒーを飲まなくても病気になることはありません。であるのに、カフェインとクロロゲン酸を同時に持つコーヒーは、健康に良い特別なパワーを備えています(第65話を参照)。その作用は飲んでも直ぐにはわかりませんが、長い時間をかけてゆっくりと確実に進むのです。例えば、老化の速度を遅らせるというようなものです。図をご覧ください。



 まず病気の原因を外因性(ブルー)と内因性(グリーン)に区別します。下向きの矢印は病気の進み具合を示します。外因性は、免疫反応を経て強い炎症を起こします。内因性は、酸化障害を経て弱い炎症を起こします。外因性の炎症は自覚できますが、内因性の炎症は自覚できない場合がほとんどで、炎症を自覚するまで病気に気づかずに暮らしているのです。


 次に、外因性の病気の予防と治療には医薬品がありますが、内因性の病気には必須栄養素以外の薬はありません。医食同源の世界なのです。内因性の病気を予防するには食生活を主とする生活習慣の改善、それだけです。外と内はどうしてこんなに違うのでしょうか? 答は薬の歴史に見られます。


●外因性の病気は急性で死亡率が高いので、昔から詳しく研究され、薬もたくさんできた。


●内因性の病気は進行が遅く、自覚症状がほとんどなく、研究困難、予防薬はできなかった。


 その内因性の病気研究に変化が起きました。前世紀の後半、癌その他の生活習慣病の原因として、活性酸素が注目されたのです。今世紀になって、酸化障害を防ぐ予防医学の重要性が指摘されるようになりました。なかでもコーヒー研究は、想定外の大きな成果を上げています。図の右上をご覧ください。


●コーヒー・ポリフェノール(クロロゲン酸)は活性酸素を中和して消去し、カフェインは活性酸素による酸化障害を修復する。


「2つの成分が異なる標的(作用点)に働く」という原理に沿って、相乗作用が生まれます。すると、その先の炎症を防ぐことができるのです。図中、必須栄養素のビタミンCとE、不飽和脂肪酸のDHAとEPAも活性酸素を中和します。それでもなくならない活性酸素を、コーヒーのクロロゲン酸が中和します。毎日コーヒーを飲む人は、知らず知らずに活性酸素を減らしているのです。


 ところがいくらガードを固めても、体の隅々でできる活性酸素は実にしつこい存在です。できたての活性酸素がその場の細胞に酸化障害を及ぼします。カフェインの役目は、細胞に備わっているリサイクル回路にスイッチを入れること。酸化されて壊れたタンパク質をその場で自己消化し、元のアミノ酸に戻します。つまり、栄養素のリサイクル(再利用)が進みます。栄養素のリサイクルは細胞の老化を防ぎ、炎症反応を未然に抑える優れもの(第211話を参照)。


●コーヒーを飲む人は、ポリフェノールとカフェインの相乗作用が働いて、生活習慣病になりにくい。


 どうですか?ご理解いただけましたか?自然の恵みとも言えるポリフェノールとカフェイン。薬と栄養素の大きな違い。お茶とコーヒーを見つけてくれた人類の祖先に感謝感激しながら、教科書には書いてない医食同源(薬食同源ともいう)の世界を見直してみては如何ですか?


(第232話 完)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
栄養成分研究家 岡希太郎による
『コーヒーを科学するシリーズ』
『医食同源のすすめ― 死ぬまで元気でいたいなら』
を購入は右側のショッピングからどうぞ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・