シリーズ『くすりになったコーヒー』
●長寿の遺伝子は実在するか?
人には健康な寿命と関係する遺伝子が沢山あります。そのほとんどは病気の罹り易さ(罹患リスク)と関係する遺伝子です。「病気に罹らなければ長生きする」ということなのです。そうではなくて、人それぞれの寿命を直接決めている遺伝子など、滅多に見つかるものではありません。
そういう中で、前世期から知られている「テロメア」だけは寿命の遺伝子と言えるようです。今世紀に発見された「Sirt1」は、「赤ワインで活性化される寿命遺伝子」としてネイチャー誌に載りましたが、「テロメア」ほどの説得力は無さそうです。
生活習慣が寿命を決めるとの説もあります。「飢餓が寿命を延ばす」という仮説を証明するため、サルを30年も飼育する大実験が行われましたが、餌の与え方に失敗して、正しいデータは出ませんでした(第150話を参照)。
また「人は120歳まで生きられる」との説もあります。しかし、「その根拠は?」となりますと、ギネス長寿記録の保持者だった泉重千代さんが120歳で亡くなったという話に頼る程度です。
さて、これまでに提案されている長寿の遺伝子などを並べてみましたところ、下のような表ができました。赤字はコーヒー関連の因子とその役割で、どれも論文に書かれているそれなりのデータからの引用です(個々の文献は省略します)。表の全体に赤字が広がっている様子を見れば、「コーヒーってこんなに効くんだ」と驚かない人は居ないと思うくらいです。
なかでも一番びっくりするのは最上段の遺伝子です。
●「テロメア」も「Sirt1」も、どちらもコーヒーを飲むと活性化される。
ここで気になるのは、コーヒーやコーヒーの成分が遺伝子に直接働くわけではないということです。コーヒーを飲んで遺伝子に影響が及ぶまでには、実に多くの物質変化が起こっているのです。
では、表の下段にある「生活様式」を見てください。ここに赤字で書いてある「コーヒー」とその成分の「カフェイン」と「クロロゲン酸」に注目します。よく見ますと、「コーヒー」と「カフェイン」では、「テロメア」に及ぼす影響が逆になっています。「カフェイン」単独では短くなるはずの「テロメア」が、「コーヒー」を飲めば長くなるのです。何か別の成分があるはずですが、残念ながらわかりません。
「カフェイン」は「クロロゲン酸」と協力して、「AMPK」を活性化しています。「AMPK」とは、細胞が栄養素を消費して早死にするのを避けるために、栄養素のリサイクルを進める酵素です。
●AMPKは、細胞内で不要になったタンパク質や、酸化されて壊れたタンパク質を自己消化(自食、オートファジー)して、栄養素であるアミノ酸を再生する。
これは細胞が生きるために重要な機能で、細胞の自食回路とも呼ばれています。栄養素を無駄遣いせず、リサイクルして利用する回路とも言えるものです。この回路が働くと、新たな栄養を取らなくても生きられるのです。「Sirt1」も、実はオートファジーを活性化して寿命を延ばしているのです。
●コーヒーを飲むと「mTOR」が抑制されて、ここでもオートファジーが活性化される。
オートファジーはかなり重要な細胞機能ですから、多くの因子によって制御されています。「mTOR」は、航空路に例えればハブ空港とも言える存在です。「AMPK」と「Sirt1」の2つは、ハブ空港を経由して、オートファジーを制御する重要因子になっています。
昔から言われているように、断食したり、適度に運動していると、身体のいたる所の細胞でオートファジーが活発になります。コーヒーを飲むことで、断食や運動に匹敵するオートファジーの活性化が進むのですが、その絶対とも言える条件は、「脂肪組織が若々しく維持されている」ということです。
●「コーヒー」を飲むと血中の「アディポネクチン」が増えてくる(第158話、第190話を参照)。
これは注目すべき変化です。運動しなくても、絶食しなくても、内臓脂肪が大きくならないうちにコーヒーを飲めば、「アディポネクチン」ができるのです。その「アディポネクチン」は、「Sirt1」と「AMPK」に働きかけて、ハブ空港「mTOR」を介してオートファジーを活発にしているのです。
動物の体は実に上手くできています。体の仕組は複雑に見えますが、体を健康に保つ基本原理は単純です。寿命を延ばすために必要なことは「栄養素のリサイクル」なのです。細胞がリサイクルの原理で生き続ければ、細胞分裂の回数は最低ですむはずです。そしてもしそうなれば命の物差しとも言える「テロメア」が短くならないということです。
●まとめますと、コーヒーを飲む人のテロメアの寿命は、コーヒーを飲まない人より長い。
ちょっと難しかったかな!?
(第211話 完)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
栄養成分研究家 岡希太郎による
『コーヒーを科学するシリーズ』
『医食同源のすすめ― 死ぬまで元気でいたいなら』
を購入は下記のバナーからどうぞ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・