シリーズ『くすりになったコーヒー』

 ジャマイカ産ブルーマウンテンの輸入量が回復しません。原因はサビ病の蔓延だそうです。中南米のコーヒー農園では、数年前からサビ病が広がっていましたが、ついにブルマン農園にも広がったのです。


 コーヒーノキの病気で一番怖いのはサビ病だそうです。サビ病は一度発生するとすぐには納まりません。サビ病の蔓延を防ぐには、早い時期に農薬を使うことだそうです。一度広がってしまいますと、「もうどうにも止まりません」。木が枯れれば、コーヒー農園は終わりです。


 コーヒー農家にとって不幸中の幸いは、サビ病に効く農薬が色々あるということでしょう。詳しくは知りませんが、現地ではかなり適切に使っているのだそうです。ということは、有機栽培、森林栽培と銘打っても、いざというときには適切に農薬を使うということでしょう。完全農薬フリーのコーヒー豆はほとんど手に入らないのです。


 逆に、農薬や化学肥料をたっぷり使えば、コーヒー豆は増産々々の盛況になります。ただし使い過ぎれば検疫に引っ掛かってしまいます。かつて米国の大手チェーン店が、農薬たっぷりの生豆を一旦米国本社へ運び、そこで焙煎して日本へ持ち込んだそうです。日本の法律に「焙煎豆の検査はない」のです。


●コーヒーで病気になりたくなかったら、農薬フリーのコーヒーを飲め。


 もし本当に飲んだとしたら、農薬はカフェインより怖い!カフェインは飲んだその日のうちに排泄されますが、農薬は残ります。そして場合によっては世代を超えて影響するのです。どれくらいのリスクがあるのか、気になります。


●「焙煎すれば農薬はなくなる」は本当か?


 これは嘘です。減りはしますがなくなるとは限りません。今から30年ほど前のドイツの某研究所が塩素系農薬を調べました。焙煎すると確かに減ったのですが、なくなることはなかったのです(詳しくは → こちら )。


 この論文によれば、世界中から19種の生豆をとりよせて調べたところ、入っていなかった(検出されなかった)のは2つだけ。そして焙煎後の残留率は0〜15%、という結果でした。ですから焙煎しても、豆によっては残っているということです。


 2010年までの論文はこの1つしか見つかりませんでした。たったそれだけを根拠に「焙煎すれば農薬はなくなる(基準値以下に減る)」との輸入業者にとっては都合の良い俗説が一人歩きしています。挙句の果てには「日本はうるさ過ぎる。心配なら真っ黒けに焙煎して飲めばいいじゃないか」とふてくされてしまいます。


 食品の安全性にうるさい日本ですが、2012年になってようやく焙煎コーヒー豆の残留農薬について、論文が発表されました(詳しくは → こちら )。


 この日本語の論文では4種類の塩素系農薬(BHC、へプタクロル、クロルデン、アトラジン)と非塩素系のピペロニルブトキシドが測定されています(表1を参照)。焙煎温度は250度、時間は210秒だそうです。かなり高温ですが時間が短いので、焙煎度はミディアム程度ではないでしょか。実際に売られている焙煎豆は少なくとももう少し深く煎ってあるので、残留農薬はより少ないと思われます。


●表1の農薬は脂溶性なので、豆のなかではコーヒーオイルに溶けている。


 残念ながら実測されたわけではありません。それでもかなり確かな予測です。残留する農薬は水に溶けにくく、油に溶けやすいのです。コーヒー滓やオイルを飲まなければ、表1の農薬があっても飲まずにすむはずです。僅かな農薬でも飲みたくなければ、「焙煎豆だから大丈夫」ではなくて、「滓やオイルは飲まずに捨てる」べきなのです(第215話を参照)。



 日本の「残留農薬等ポジティブリスト制度」によれば、残留農薬は一切禁止です。しかし、リスト記載の799品目については濃度基準以下なら許されます。表1の生豆中の濃度は許容範囲を遥かに超えているので、輸入禁止ですが、焙煎豆に検出されたクロルデンとピぺロニルブトキシドの0.008μg/gは、検疫はありませんが、あっても許容範囲内の数値です(動物実験でも安全域)。


 ではこの数字はコーヒー消費者にとって安心できる数値でしょうか?多分、人によりけりでしょう。個人的見解の1例を評論家の武田邦彦氏の発言から引用してみます。


●武田邦彦談:「現代の日本で野菜や果物に付いている残留農薬は安全である。だから心配しないで食べても大丈夫。でも本当は無農薬もしくは農薬をほとんどつかわない野菜や果物が美味しい。」


 ということではあるのです。ですけれども、それでも心配なら有機栽培、無農薬栽培など、より安心できそうなコーヒーを選べばよいのです。ちょっと高めでも手間暇かかっていますから仕方ありません。


 さて、コーヒー豆の残留農薬が人々の健康にどれほどの影響を与えているか、何か客観的な知る手だてがないものでしょうか?あります。疫学調査です。


●コーヒーの疫学調査によれば、コーヒーを飲む人の方が飲まない人より長生きである。


 病気にならないからこその長生きですから、巡り巡って想像力を豊かにして考えてみれば、統計数字ではありますが、焙煎コーヒー豆の残留農薬が人々の健康に悪い影響を及ぼしているはずはないのです。


 それでは皆さん、もしあなたがコーヒー好きなら、安心して毎日3杯は飲みましょう。ただし、淹れるときはネルでも紙でもドリップ式ですよ(第213話を参照)。コーヒー滓が漏れてこないドリップ式なら、残留農薬も漏れてこないと期待できます。


 最後にお断りしておきますが、市販のコーヒーオイルなど気になりますが、詳しいことは不明です。


(第218話 完)

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