シリーズ『くすりになったコーヒー』


 既に何回か登場したBDNFとは、Brain-Derived Neurotropic Factorのことで、脳由来神経栄養因子と訳されています。以前から、BDNFの不足とうつ病の関係が詳しく研究されてきました。第182話「長期増強とコーヒー」で書いたように、カフェインがあるとBDNFが増えて、神経細胞のネットワークが成長し、精神神経系に良い影響を及ぼすらしいのです。


 軽度な耳鳴りのときにBDNFの血中濃度が高まるとの報告もありました(第196話)。では、コーヒーのカフェインでBDNFが増えたら耳鳴りがはじまるかといいますと、そんなことはありません。もう1つ、コーヒーを飲むより、熟したコーヒーの実から絞ったジュースのほうが効果があるとの論文もあります(詳しくは → こちら)。


 今回はさらに進んで、「BDNFが認知症の進行を防ぐ」というお話です。
●実験マウスに毎日カフェインを飲ませていると、脳内BDNFが増えるとともに、アルツハイマー様症状の改善が見られる(詳しくは → こちら)。


 この実験では、マウス用のプールを用意します。その大きさは、直径1.2メートル、水深50センチほどで、プールの壁に十字マークを描き、水面下2センチの深さに1つだけ、直径9センチの透明な踏み台(プラットホーム)が置いてあります。必死に水面を泳ぐマウスが、十字と踏み台の位置関係を認識すれば、溺れずに助かるというわけです(下の参考図を参照)。



 実験に使ったカフェインの量は0〜1.5?の4種類。マウスがプラットホームを見つけるのに要した時間を図1に描きました。カフェイン量は色分けしてあります。黒は遺伝子操作で作ったアルツハイマーマウスです。カフェイン0で4日間すごすと症状が悪化し、プラットホーム発見までに40秒もかかりました。


●アルツハイマーマウス(黒)に毎日カフェインを飲ませていると、認知機能(記憶力)が改善し、赤や黄色のように、プラットホームを見つける時間が短くなった。


 これがこの論文の急所です。1日に1.5?を飲んだマウスは、実験開始4日目になると15秒程度で見つけるようになりました。この時間は、健康なマウス(青)とほとんど同じでした。



●マウスが飲んだカフェイン1日1.5?をヒトの場合に体重換算すると、1日10杯程度のコーヒーを飲むことに相当する。


 まあ、そんなには飲めませんし、別の調査によれば、そんなに飲むと心臓病や脳卒中のリスクが高まってしまいます(第171話を参照)。
次に、カフェインを飲んでいるマウスの脳を解剖して、認知機能を担っている海馬の部分を取り出して、BDNF量を測定しました。結果を図2に示します。



 この図からわかるように、カフェインを飲んでいるアルツハイマーマウスの脳でBDNFが増えるのです。1日にカフェイン1.5?を飲んでいたマウスでは、健康なマウスの90%近くまで改善されました。ですから、「図1で記憶力が改善したことと、図2でBDNFが増えたこととは、関係があるかも知れない」ということになるのです。


●カフェインがアルツハイマー病の認知力を改善するのに、神経栄養因子BDNFの増加が関係している可能性がある。


 ということで、これはまだ「可能性」の話です。この話を「確実」にするには、アルツハイマーマウスにBDNFを注射する実験が必要ですし、筆者が期待しているのは「コーヒーを飲ませればもっと効くかも知れない」ということです。南フロリダ大学のツァオ博士が言った、「コーヒーには、カフェイン以外にも有効成分がある」という言葉が気になります。


(第199話 完)


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