シリーズ『くすりになったコーヒー』
ヒト細胞に感染したウイルスは、自己複製して増えるため、周辺にあるヒトの栄養素(アミノ酸など)と遺伝暗号分子(図1を参照)、および複製に必要な酵素などを横取りして活用します。今回のパンデミックで、SARS-CoV-2と呼ばれるコロナウイルスは、普通よりも大きい遺伝子RNA(ゲノムRNA)を持っているため、普通より3倍も多い遺伝暗号分子を使ってしまいます。しかもそれだけではなく、ウイルスにはタンパク質も脂質も必要で、それらはどれも細胞がもっている栄養素を原料にしているのです。
図1をご覧ください。イラストにはウイルスの構成要素を書き込んであります。また、右側の構造式は、ゲノムRNAを構成する4つの遺伝暗号分子です。これら4つの暗号分子が3万個も連なって、1本のゲノムRNAを作っているのです。
ウイルスの表面に突き出ている幾つもの塊はスパイクタンパク質です。これが細胞の表面にある受容体(ACE2のことで、本来は血圧を下げる酵素)に接着すると、感染が起こります(前回のブログも参照)。スパイクタンパク質の複製には20種類の構造アミノ酸が使われています。更にゲノムRNAを包んでいる脂質二重膜は、長鎖脂肪酸とコレステロールから作られますが、これらもヒトの細胞から盗用したものです。
表1に、ウイルス複製に使われる原料をまとめました。リン酸以外は三大栄養素からできるものばかりです。
リン酸は図1の赤字部分です。また、三大栄養素の炭水化物からはリボースという五炭糖が作られます。図1の構造式にRで示す5角形の部分がリボースです。次に、肉や魚のタンパク質は、消化酵素で切断されてアミノ酸に変わります。アミノ酸の一部は、ウイルスのスパイクタンパク質となりますが、他の一部は複雑な化学変化を経て、4つの暗号分子の窒素原子になるのです。そしてリン酸、リボース、アミノ酸の3つから、ウイルスのRNAとタンパク質が出来上がります。ですから、三大栄養素のどれが欠けても、ウイルスの複製は起こらなくなってしまいます。
●ゲノムRNAを複製する最終工程で使われる必須栄養素の種類は少ない。
ヒトの細胞の中で、ウイルスの原料になる化合物は、ヒトにとっても大事なものばかりです。そのような化合物の合成には、多くの工程でビタミンとミネラルが使われています。それに比べて、コロナウイルスのゲノムRNAを組み立てる最終工程(4つの暗号分子を繋げる工程)では、使われるビタミンやミネラルの種類が限られています。教科書によれば、葉酸、ビタミンB12、マグネシウム、亜鉛、鉄が使われるそうです(詳しくは → こちら)。
三大栄養素はヒトにもウイルスにも必要ですから、ヒトが必要とする最小量で賄えば、ウイルスの取り分が減ることになります(比率は不明です)。少ない量の三大栄養素を、ヒトのために最大限無駄なく使うために、代謝を司るビタミンとミネラルを十分に摂る必要があります。必須栄養素が不足すると、三大栄養素が無駄になってしまいます。
●COVID-19患者に不足している必須栄養素がある。
昨年、スペインでSARS-CoV-2感染症が大流行したとき、患者の血液に含まれている必須栄養素の量が測定されました。その論文を読むと、半数以上の患者で標準値に達していない栄養素がありました。ビタミンA、C、Dとミネラルの亜鉛でした(詳しくは → こちら)。
ビタミンAについては、健康体ならばカロテンから補給されるレチノールが、患者では不足しているので、レチノールを含む食べものを直接食べる必要があるということになります(詳しくは → こちら)。また別の論文ではVB12と葉酸の欠乏が重症化を招くと書かれています(詳しくは → こちら)。
もう1つ見逃せない論文は、NADが欠乏すると、長寿遺伝子産物SIRT1の不活化を介して、感染症の重症化を招くということです(詳しくは → こちら)。もしこれが正しければ、NADブースターとしてのビタミンB3(ナイアシン:ニコチン酸とニコチナミド)の補給が役に立ちます。
以上をまとめて、かつ各必須栄養素を多く含む食べものを追加して表2を描きました。感染予防と、重症化予防のために、食生活の見直しをするときは、この表を大いに役立てて下さい。
●感染し易い人、重症化し易い人とは、栄養過剰が原因の肥満と糖尿病である。
SARS-CoV-2に感染した人は、全人口のほんの一部でしかありません。どんな人が感染するのか、臨床現場での気づきはかなり早いものでした。世界の各地で自分たちが診た患者の特性を整理して、数多くの論文が発表されました。そして、患者の易感染性の要因が「肥満と糖尿病」およびこれらに合併する疾患であることが分かりました。この総説論文の結論は、「肥満と糖尿病患者の過剰な栄養状態が最大の原因である」となっています(詳しくは → こちら)。
●昔からの言い伝え「腹八分目」が感染と重症化を防ぐ。
そこで考えられるより良い食生活とは、食べ過ぎない、満腹、間食、夜食を避ける・・・必須栄養素を多く含む野菜と果物、肉と魚介、茸とナッツ・・・満遍なく摂って偏食をしない、五味五色の薬膳の知恵を活かして、食材を選ぶコツも大いに役立ちます(第449話 → こちら)。
腹八分目の医学的意味を、細胞生理学の「オートファジー(自食作用)」に見ることができます。細胞はその寿命を延ばすために、活性酸素に曝された変性タンパク質や古くなったミトコンドリアなどを、自らの消化酵素で分解して、栄養素のリサイクルを実現しています。古くなった細胞が、リサイクルされた栄養素を使って、細胞の部品を作り直して、新たな栄養素の補給なしに、若返ることができるという夢のようなメカニズムです。その発見者として、東工大の大隅博士が数年前にノーベル賞を受賞しました。
●栄養学や医学の学術誌に「空腹がオートファジーを刺激する」といったキーワードで多くの論文が発表されている。
学術誌だけでなく、個人のブログや様々なホームページにも多くの記事が書かれています。怪しげなサイトには要注意ですが、古来「食べ過ぎを戒める言い伝え」は洋の東西を問わず沢山あります。典型的なのはイスラム教徒のラマダンですが、「厳しいラマダンを達成した後なら何を食べても良い」という、イスラム教徒の抑え切れない食欲もあるようです。しかし、中東諸国、エジプト、インドネシアなどイスラム教諸国では、欧州の一部やブラジルで見られたような爆発的な感染拡大は起こっていない事実があります。
ノーベル賞以前の学術誌に載っている話を1つだけ引用します。人体にはオートファジーを起こす遺伝子と、逆に止める遺伝子があって、前者はがん治療に有用という論文です(詳しくは → こちら)。オートファジーを活用して、がんを兵糧攻めにする治療作戦ということです。また、コーヒーを飲むとオートファジーが起こるとの論文も発表されました。この論文には、「オートファジーを期待してコーヒーを飲み過ぎては逆効果になる」との解説記事も同時掲載されました(詳しくは → こちら)。
●腹八分目でコーヒーを飲めば、ウイルスが使える原料が減って、細胞自身はオートファジーで若返る。
以上をまとめて図2を描いてみました(前回の記事もご参照ください→こちら)。
ウイルスが感染し易い気道上皮細胞1個に、ウイルス受容体ACE2の数は10万個を超えています。ですから最大10万個のウイルスが1個の細胞に感染できる計算です。すると、ウイルス1個の複製に3万個の遺伝暗号分子と1万個のアミノ酸分子が必要なので、10万個全ての複製には30億個の暗号分子と10億個のアミノ酸が必要になります。途中の計算は省略しますが、1つの細胞内で多数のウイルスが複製を目指して競合すると、原料(暗号分子とアミノ酸)の取り合いが起こります。すると,取り間違い、取り損ないを起こして、変異株になったり、自壊したりするのではないでしょうか。
以上は筆者なりに考えた「ウイルス自壊説の分子メカニズム」です。当たるも八卦、当たらぬも八卦ではありますが、簡単に「間違っている」とは言えない中身がいっぱい詰まっています。最後にもう一度書きますが、「太った人は感染し易く、感染すれば重症化もする」のです。
●知識は力。腹八分目とコーヒーの生活習慣があれば、ウイルスは本当に自壊する・・・パンデミックが終るまでは、これを信じて実行することをお勧めします。
(第456話 完)