明けましておめでとうございます。今年も健康珈琲の最新ニュースをお届けします。「知識は力」になりますから、健康珈琲の普及にご協力、宜しくお願いします。


毎日コーヒーを飲んでいる人の脳灰白質の容積は小さくなり、シリアルでは大きくなる。

 こんなビックリ・ニュースが飛び込んできたのは昨年の春でした。筆者は「これはひょっとすると大発見かも知れない」と感じて、すぐにブログに書いて紹介しました(詳しくは → こちら)。



 脳は主に脂質で出来ています。これまで、コーヒーと血中脂質の関係は数多く研究されてきましたが、脳の脂質についての研究はほとんどありませんでした。それでも過去の論文を調べてみましたら、灰白質以外にも脳のあちこちの部分がコーヒーで膨らんだり縮んだりすることが報告されています。大きさの変化を矢印で示すと、灰白質↓;白質↑;海馬2杯で↓,≧5杯で↑;松果体↓というように、増える場所と減る場所があったり、コーヒーの量で増えたり減ったり、かなり複雑な影響があるようです。


脳は主に脂質で出来ている。

 脳の脂質のほとんどがタンパク質に結合していて、それぞれ定位置に治まっているのが特徴です。そのため食事と体脂肪の関係のように、増えたり減ったりすることはほとんどなく、エネルギー代謝に係わることもないそうです。脳の脂質は脳の形と機能にとって中心的な役割を果たしていますが、実際に脳神経疾患で脳脂質の増減があるのか無いのか、あればどのくらいなのか、ほとんど研究されていません。筆者が思う最大の理由は、脂質の種類が多く、構成脂肪酸の種類と合わせると、数千種類にも及ぶことです。ですから、分析科学の手法を使うにしても、その労力は大変なものになるのです(詳しくは → こちら)。

 脳の脂質組成は、脳組織に含まれている水(灰白質で84%、白質で71%、全体では77%)を 除いた固形成分中の量として調べられています。タンパク質38~44%に対して、脂質は51~54%で最も多く、脂質の中ではリン脂質が最大で、固形成分の28%、コレステロール類が10%、残りの約15%がセレブロシド、スルファチド、ガングリオシドなどの糖脂質です。灰白質と白質では、脂質の種類と量が異なることも特徴の1つです(表1:油化学. 20(10), pp745-53,1971を参照)。表の●印を見ると、灰白質より白質の方が脂質密度が高いことが分かりますし、図1からは神経細胞の軸索が脂質に囲まれて、白く見えることも理解できます。



毎日のコーヒーと血中脂質の関係

 疫学研究のデータは非常に複雑ですが、高血圧と並んで高脂血症は心血管病のリスク因子で、コーヒーの飲み過ぎは心臓死のリスクを高めます。しかし、1日数杯の適量のコーヒーは、リスクを下げるというデータは世界共通で、日本人も例外ではありません。従って、血中脂質に対して適量のコーヒーが悪影響を及ぼすとは考えにくいのです。

 毎日のコーヒーの影響が具体的な数値として示されたのは、血中セラミド(スフィンゴ脂質)に及ぼす効果で、第466話で紹介した通りです(詳しくは → こちら)。この論文によれば、コーヒーがセラミドの代謝酵素に影響して、糖尿病や心血管病の予防に繋がっている可能性があるとのことです。

 では、血中リン脂質ではどうでしょうか。最初に調べられたのは、脳ではなく血液中のリン脂質とコーヒーの関係で、その実験材料は低密度リポタンパク質のLDLでした。LDLはその酸化型が悪玉となるのですが、そこに含まれているホスファチジルコリン(PC)が分解してリゾホスファチジルコリン(lysoPC)に変わることと関係しています。実験の結果は次のようなものでした(詳しくは → こちら)。

【実験結果】調査対象者を1日のコーヒー杯数で層別し、G1は飲まない群、G2は1杯以下、G3は1杯以上の群として比較しました。全部で14種類のlisoPCが検出されて、その内の3つがG3で有意な低値を示しました。化学構造は、C16:1、C18:1、およびC20:4で、コーヒーによってPC→lisoPC加水分解酵素の活性が下がることで、LDLの酸化障害が減ると考えられています(図2を参照)。



 これと似たデータを書いた論文がもう1つあって、少人数のヒト試験です。健常者47人について、最初の1ヶ月は飲まない、次の1ヶ月は1日4杯、最後の1ヶ月は1日8杯を飲んで、各段階の最終日に空腹時採血して、血清脂質853種を測定しました(詳しくは → こちら)。

【実験結果】飲む前後でコレステロール検査値にほとんど変化はなく、有意差が確認できたのはlisoPCの3分子でした。減少した変化率は4杯で約10%、8杯では約20%で、化学構造は、C20:4、C22:1、およびC22:2、上記実験と共通していたのはC20:4だけでした(図2)。


Nature誌が絶賛した「カフェインと海馬の脂質の関係」

 コーヒーを飲んでいるとアルツハイマー病になるリスクが下がるとの疫学論文が複数出ています。しかし、現実には賛否両論で、賛成派にはより確かな証拠が求められています。そこで、フランス・ストラスブルグ大学の研究者が、マウスにカフェインを投与して、海馬の質量分析を行って、スフィンゴ脂質の変化を調べました。図3はその結果です。



 図3で蝶の翅に似た図柄は海馬、検出されたスフィンゴ脂質の密度が増えたら赤色系、減ったら青色系でプロット。水よりカフェインで減っていたのは上から1,3番目、水より多いのは6,7,8番目でした。別の実験で、カフェインは神経伝達速度を速めるので、スフィンゴ脂質の変化が情報処理能力を高めて、認知力に影響していると考えられます(詳しくは → こちら)。

 この論文をNature誌が、「朝の1杯のコーヒーが貴方の脳を変える」という表題で引用し、更なる研究への期待感を書いています(Nature.2022年6月号)。特にアルツハイマー病との関係を誰もが知りたいと願っているはずで、図3のスフィンゴ脂質の量的変化は、Aβ蓄積量の変化に匹敵するので、次なる研究課題は、スフィンゴ脂質の量と神経細胞の数の変化に移って行くような気がします。


●コーヒーはアミロイドAβタンパク質の脳内蓄積を遅らせてアルツハイマー病(AD)のリスクを下げる。

 世界の製薬会社がAβを標的とするAD治療薬の開発を断念する中(エーザイのみ継続中)、新たなメカニズムでADに対処しようとの論文が多数出て来ています。一部についてはこのブログ(第472話と第473話)でも紹介したので、今回はコーヒーが関与するデータについてまとめました。

 先ず初めは、2021年に発表されたオーストラリアの研究で、「コーヒーを多く飲むとAβの脳蓄積が少なく、認知力の低下がゆっくりである」というものです。詳細は省略しますが、データの信頼性は高いと思われます(詳しくは → こちら)。

 次は日本の研究で、ヒト神経細胞を使った基礎研究です。実験したのは慶応大薬学部の田村教授で、これも信頼できる内容になっています。他の論文と異なる視点として、最大の効果はカフェインやポリフェノールではなく、深煎りコーヒーの小分子ピロカテコールにあるというというのです(詳しくは → こちら)。これについては日本語での解説があります(詳しくは → こちら)。

 日本人の疫学研究では、2021年発表の新潟大学の論文があって、地域住民13,757人(40-74歳)を13年間フォローして、介護保険データベースからADとして抽出された309人を解析しました。その結果、多く飲んでいる男性群のリスクは0.49の低値で、2杯でも有意な結果でしたが、女性では有意差は確認できませんでした(詳しくは → こちら)。


コーヒーと脳の容積とアルツハイマー病(AD)

 コーヒーと脳の容積を研究して論文発表した研究者の多くが、脳の容積が減るとADのリスクが高まると想像しています。しかしこれは根拠のない想像であって真偽は不明でした。そこでオーストラリアの研究者は、「コーヒーと脳の容積とAD」の関係を同一対象で調べたのです。すると驚いたことに、1日に6杯以上を飲んだ群のリスクが高く、1日に1〜2杯程度を飲む群では逆に低いことがわかったのです(詳しくは → こちら)。


●灰白質の容積が減っても呆けない人がいる(詳しくは → こちら

 これは京都大学の研究ですが、論文発表の承認条件があって、個々人のデータの公開は許可されていないそうです。そのため論文に図表の記載はありませんので、文章のみの紹介に留めます。

【要旨】脳の萎縮と認知機能の衰えとの間に一定の関係はありません。年をとって脳の容積が減っても呆けない人が居るのです。この研究の目的は、脳容積(MRIで測定)を偏差値として表す灰白質脳健康指数(GM-BHQ)と認知機能の関係を実測して検証することです。さらに、脳が萎縮していても認知機能を維持するのに役立つライフスタイルの調査を試みました。調査対象は、MRIによる脳スクリーニングを受けている1,757人の成人で、それを64歳で2分して、若年/中年グループと高齢者グループとして比較しました。

 GM-BHQ は、高齢者グループよりも若年成人/中年グループの認知機能とより強く有意に相関していました (p<0.01)。つまり若い人の認知機能は灰白質の大きさと比例しているのですが、高齢者では相関関係がなくなるのです。無くなる要因を探るため、運動習慣、飲酒歴、喫煙歴、生活習慣病の有無などを調査した結果、高齢者の認知機能は、脳が萎縮していても、教育年数によって維持されていることが明らかです(p<0.05)。結論として、脳の容積と認知機能の関係は年齢とともに曖昧になります。尚、この論文にコーヒーに関する記載はありませんでした。


 最後に図4をご覧ください。この論文著者らは、東京工業大学と京都大学に拠点を置いて、脳を健康にするライフスタイルを科学的に発掘する脳の市民研究制度『BHQスクール』を開設しました(詳しくは → こちら)。ここでは脳を健康にする要因の1つとして、ビールの苦味成分を研究していますが、コーヒーに関する情報には気づいていない模様です。勘ぐれば、この社団法人の支援会社の1つに、ビール関連会社が参加しているのかも知れません。


筆者のまとめ

 哺乳類の中で人の脳の大きさは抜群で、それが知能を高めていることは間違いありません。しかしただ大きいだけでなく、各部位とのバランスが大事なはずですし、研究は始まったばかりで、今はデータを蓄積する段階だと思います。それでも、今回紹介した論文をよく読んでみると、ADリスクを高めるのは海馬だけではなくて、特に灰白質の働きが大事なことが分かります。灰白質と認知機能の関係について、コーヒーの影響にも注目して、今後の展開に期待したいと思います。

(第491話 完)