NTLA-2002の実力
10月24日にITが、遺伝子性血管性浮腫に対するin vivoゲノム編集治療薬「NTLA-2002」の第Ⅱ相成績を発表した。10月7日には第Ⅲ相(HEALO試験)の患者登録にも着手しており、結果が良ければ25年にも米国で条件付き承認申請を行う予定。これが現在まで想定されるin vivoゲノム編集の最も早い商業化候補だ。登録は60例と少なく、主要評価項目は5週目から28週目の間の血管性浮腫・腫脹発作の数だから評価も早い。観察期間は104週間だが、観察期間完了までデータを要求されれば製造承認申請は27年までずれ込むだろう。
NTLA-2002は点滴静脈注射で患者に投与、肝臓細胞に取り込まれて薬効を示す。ガイドRNAはカリクレイン前駆体をコードするKLB-1遺伝子を認識・結合、それを目安にゲノム編集で特異的に破壊する。その結果、血中のカリクレイン濃度が低下し、遺伝性血管性浮腫を抑制する。この疾患はC1インヒビター(C1NH)遺伝子の変異によって生じる。遺伝的に変異したC1NHの活性が弱いと、血管の浮腫と炎症を生じ、血管性浮腫発作を引き起こす。その結果、患者の生活の質は著しく低下する。
NTLA-2002は直接、疾患の原因であるC1NH遺伝子を修正する製剤ではない。その理由は、遺伝性血管性浮腫を引き起こすC1NH遺伝子上の変異が多様であり、1ヵ所だけのDNA配列を修正しても多数の患者を救うことができないためだ。ITはそのため、C1NHが抑制するカリクレイン前駆体そのものの量を低下させることを目的に、ゲノム編集によって前駆体遺伝子を破壊した。LNPの肝臓実質細胞への取り込みにも限界があり、50㎎のNTLA-2002を投与しても肝臓の細胞全部に取り込まれる訳ではない。ただ、この不完全さが奏効し副作用を抑止している。カリクレインは多様な作用があり血圧調整にも関与しており、完全に生産をストップすると副作用を生じるためだ。
今回発表されたNTLA-2002の第Ⅱ相結果は以下の通りだ。
【対象患者】遺伝性血管性浮腫タイプC1NHタイプ1とタイプ2
治験登録前90日間に3回発作を経験、もしくはスクリーニング期間に3回発作を経験した患者
発作が起こった時に、緊急治療が提供できる環境にある患者
【繰り入れ患者数】プラセボ5人、25㎎投与10人、50㎎10人
【主要評価項目】16週の観察期間中に起こった発作数/28日ごと
結果は著効と安全性を示した。主要評価項目はプラセボでは発作が2.8回/28日起こったのに比べ、25㎎と50㎎投与群はそれぞれ0.7回/28日。発作の頻度が75〜77%も減少した。
実は、遺伝性血管性浮腫の医薬品は、すでに4種類が上市されており、現在、アンチセンス医薬「ドニダロルセン」までもが第Ⅲ相に入っている。もうこの市場はレッドオーシャンなのだ。しかし、ITはin vivoゲノム編集の生涯に1回投与すれば良いという利点を押し出して、市場参入する戦略である。「タクザイロ」(抗カリクレイン抗体、武田薬品)は月1〜2回投与、C1エステラーゼ阻害剤「シンライズ」と「へーガード」は週2回投与、カリクレイン阻害剤「オルラデヨ」は1日1回経口投与、第Ⅲ相中のドニダロルセンは80㎎4週もしくは8週に1回の経皮投与製剤だ。少なくとも投与間隔ではNTLA-2002が他の医薬品に比べて圧倒的に優れているのは間違いないだろう。
懸念は、KLB-1遺伝子をゲノム編集で破壊された細胞が、飲酒や肥満などで肝臓細胞が傷害を受け、肝臓が再生する際に、ゲノム編集されていない細胞との増殖競争で負けて、KLB-1遺伝子を破壊した細胞数が減少、薬効も減衰するのではないかという点だ。こればかりは長期の観察研究で決着をつけるしかない。ゲノム編集で懸念されるCRISPR-Cas9の抗原性も今回mRNAで導入されており、導入後に肝臓細胞自身の代謝系で分解され、問題が生じるリスクは低いと考えている。