市場拡大は間違いない
ITの開発番号を見れば、NTLA-2002より先行して開発中のNTLA-2001が存在することは容易に推定できるだろう。NTLA-2001は遺伝性トランスサイレチン(TTR)・アミロイドージスの治療薬だ。NTLA-2001は肝臓に取り込まれ、肝臓実質細胞で正常型、変異型問わずTTR遺伝子を破壊、トランスサイレチンそのものの生産量を激減、その結果、血中濃度も低下させることで、治療効果を得るものだ。第Ⅱ相で治療概念(POC)の実証に成功した。
心臓を侵すATTR-CMを対象にした第Ⅲ相(MAGNITUDE試験)は3月18日、神経を侵すTTR-FABを対象にした第Ⅲ相(MAGNITUDE2試験)は11月1日に始まった。投与量は55㎎静脈投与(1回)。前者は患者765例登録、観察期間は18ヵ月から30ヵ月、後者は患者50例登録、観察期間18ヵ月の計画だ。プラセボと実薬の比率は1:2だ。順調に進めば26〜27年に完了する。条件付き承認を認められれば、26年にもTTR-FABの製造承認申請が可能となるかもしれない。
実はNTLA-2001は隠れたブロックバスター候補である。遺伝性の疾患というと、患者数が少ない希少疾患とばかり認識しがちだ。しかし、ATTR-CMは遺伝子変異を持っていない健常人でも生じ、莫大な潜在患者が存在する。異状タンパク質が加齢によって心臓に蓄積する。TTRは4量タンパク質であり、この立体構造が遺伝子変異や加齢など何らかの原因で乱れると、ひも状のアミロイドタンパク質を形成し、臓器に沈着し疾患が発症する。
文献(※)によれば「アミロイド線維の組織への沈着は加齢とともに進行する。海外の剖検症例での検討では80歳以上の約25%、90歳以上の約37%に心臓へのアミロイド沈着を認めたと報告されている。わが国からの報告では、80歳以上の剖検症例のうち12%に野生型トランスサイレチンの沈着を認めた。生前に左室駆出率の保たれた心不全と診断された患者に限定して解析した研究では,80歳以上の約40%で剖検時に心臓にアミロイドの沈着を認めている」。加齢による心機能の背景にトランスサイレチン異状タンパク質の沈着がある。今後、先進国や中国などの高齢化が加速すれば、市場が拡大することは間違いない。製薬業界では30億ドルのブロックバスターに成長すると予測もあるほどだ。
今後、急速にin vivoゲノム編集の実用化が進み、その適応疾患の範囲も拡大するだろう。「ゲノム編集など“夢のまた夢”」と日本の製薬企業が胡坐をかく時代はもう終焉したのだ。
どの遺伝子をゲノム編集の標的にするか、成功の鍵は標的遺伝子の選択だ。このためには深い医学的・遺伝学的知識が不可欠。ゲノム医療の充実と臨床現場と密着したトランスレーショナル研究の融合が、日本の製薬企業とバイオ・ベンチャーに、今求められている。
※https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2020_Kitaoka.pdf