法的リスクを避けたいだけ
提訴したのは死亡した女性の長男と長女らで、被告はスギ薬局と薬剤師3人。訴状によると死亡した母親は、病気だった夫の介護を積極的に担い、介護士や社会福祉士の資格まで取るほどだった。夫が17年に死去してからは、母親自身も要介護5であったが、「外を歩きたい」「フラダンスに通いたい」など好奇心をもって活動。友人も多く、人からの相談を受けることもしばしばある人格者で、優しい母親だったとしている。
そんな母親に異変が現れたのは、3年前の21年11月14日のこと。午後6時半頃から大量に汗が出るようになり、ヘルパーが訪問したときには眼球が上転、食事が一時中断された。午後8時頃、落ち着いた様子となり、体調不良は一時的なものと見られた。母親は午後9時には就寝した。ところが、翌15日、原告が呼びかけても反応が見られず、午前8時半頃に主治医に連絡。東京警察病院に救急搬送された。
病院ではMRIの画像所見から「低血糖脳症」が疑われた。原因不明だった。搬送された翌16日、病院の薬剤師が持参薬を鑑別。すると母親の内服薬に、お薬手帳に記載がなかった糖尿病薬「メトホルミン250㎎」1錠と、「グリメピリドOD1㎎」1錠が含まれていることが判明した。母親は約1ヵ月前の10月18日に都内のクリニックの訪問診療で持病薬の「カルコーパ配合錠」「ナウゼリン錠」を処方され、スギ薬局高井戸店で薬を貰っていた。そこで病院薬剤師が高井戸店に電話したところ調剤過誤が発覚した。
長男は11月17日、スギ薬局医療事業・関東地区の責任者からの電話で、初めて調剤過誤の事実を知る。責任者は「実は本来、入ってはいけない薬が2種類混入していた」と伝達した。原告は、なぜ、そのような事態になったのか回答を求めたが、責任者からは謝罪の一言もなく、むしろクレーマー対応のような扱いをされた。
しかも、責任者は原告らを通じず、病院に電話をかけるなど、母親の容態を把握しようとしている様子だった。原告側はスギ薬局の対応を不誠実と受けとめ、不信感を募らせる。
その後も母親の意識は低く、嚥下機能も低下。12月上旬に経鼻胃管による経管栄養となった。改善がないまま22年2月に他病院に転院。3ヵ月後の5月2日、意識が戻ることなく死亡した。直接の死因は心不全であったが、その原因は低血糖後脳症だったとしている。
スギ薬局の責任者からは「調剤過誤について謝罪を申し上げたい」との書面が2月に送られていた。原告側は、まず事実関係の説明を受けたいと伝えると、スギ薬局からは母親死亡後の5月16日に「経緯等説明書」が送られてきた。しかし、そこには母親の死亡には一切触れられておらず、謝罪の言葉もなかった。その後、スギ薬局は弁護士を通して「お悔やみ」の言葉を伝えてきたが、やはり「多大なるご負担をおかけした」などの表現にとどめ、母親の死亡に対する謝罪はなかった。
原告は「裁判所で認められない限り、死亡について認め謝罪する必要はない、訴訟で認められる程度のお金を払えば裁判にまでならないだろうという、経済合理的なスギ薬局の姿勢はさらに遺族を苦しませ本件を裁判にまで至らしめた」と憤る。謝罪をしても「ただ法的責任を避けるためのリスクヘッジの観点から行われた謝罪であることが明白なものであり、遺族の気持ちを逆なでするものであった」という。調剤過誤後に人が死んだことについて、スギ薬局の対応は極めて杜撰だったと言える。