(1)大国主(オオクニヌシ)と天照(アマテラス)、どちらが格上か


 唐突と思いますが、幕末・明治初期にあっては、①国学者・神道学者の多くは、天皇の先祖「天照大神」よりも、千家(せんげ)の先祖が仕えた「大国主」のほうを、格上と見做していた。②西日本の一般庶民の間では、明治天皇よりも千家尊福(せんげ・たかとみ)のほうが、神代から続く聖なる家系の人物として有名であった。


 しかし、1881年(明治14年)2月、「祭神論争」が明治天皇の勅裁によって、「伊勢派の勝ち、出雲派の負け」の決着により、大国主≒出雲≒千家は片隅に追いやられてしまった。出雲派のリーダーが千家尊福(1845~1918)です。


「大国主が天照大神よりも格上」と言えば、現代人の大多数は「まさか!」と思うでしょう。極めてものすごく少数の人だけが「そうかも知れないな」と思うだけです。天照大神・大国主に無関心の人々であっても、ほとんどの人々は「天照大神が大国主よりも格上」という考えに染まっている。それは、常識とすらなっている。しかし、幕末・明治初期は、違っていた。「大国主のほうが天照大神よりも格上」だったのである。


 まさか、まさか……。


(2)『古事記』の「④大国主」


 最初に、『古事記』では、どうなっているか。『古事記』は、いっぱいエロ話があって、とても楽しいですよ。


『古事記』の目次は、次のようになっています。

➀序文

②創世……「造化三神」+2柱で「別天神5柱」。その後、「神代7代」。神代7代の7代目がイザナギとイザナミ。男女和合で日本はつくられた。

③天照大神とスサノオ……天照大神の天岩戸事件、その後、スサノオは出雲で八岐大蛇を退治する。

④大国主

⑤国譲り

⑥ニニギ(天孫降臨)

⑦海幸彦と山幸彦

⑧神武東征

⑨綏靖天皇~開化天皇(いわゆる「欠史八代)

⑩崇神天皇(第10代)

⑪仁徳天皇(第11代)から武烈天皇(第25代)は、1代ずつしっかり説明されています。

⑫継体天皇(第26代)から推古天皇(第33代)は、系図のみです。


 ②~⑦の部分は、「神話」で、その3分の1、すなわち、「④大国主」「⑤国譲り」は大国主が主役です。分量的に見ても、大国主は、とても重視されていたことが推測できます。大国主は、単なる地方豪族ではなく、特別な存在です。


「④大国主」の内容は、楽しいですよ。エロと恋の連続物語です。


 大国主には、いろいろな別名がありますが、面倒なので、「大国主」で統一しておきます。


 最初の話は、誰でも知っている「因幡(いなば)の白兎」です。因幡国は、鳥取県の東部で、鳥取県西部は伯耆(ほうき)国です。ついでに、島根県の東部が出雲国、西部が石見国です。因幡の白兎を助けて、大国主はめでたく因幡の美姫ヤガミ姫と結婚しました。


 しかし、大国主の兄弟達は、それを恨んで、陰謀をもって大国主を殺害(危篤状態)した。その治療に当たったのが、2人のセクシーナースです。しかし、このままでは、ヤバイということで、紀ノ国へ逃れます。しかし、そこもヤバイので、スサノウのいる「根の国」(地下の国、黄泉の国)へ行きます。スサノウは天照大神の兄弟です。


 大国主が、スサノウの所へ到着すると、スサノウの娘のスセリ姫が出てきた。2人は互いに一目ぼれ、すぐさま抱き合い合体となりました。親父のスサノウは怒るよな~、突然訪れて、挨拶もなく、娘とセックスしたのだから、カンカンに怒った。そして、スサノウは大国主に次々に試練を課します。世界各地にある「難題婚」パターンです。


 数々の試練・難題を克服して、大国主とスセリ姫は「根の国」から地上へ脱出します。スサノウは、2人に向かって叫びます。この叫びが感動的ですが、省略します。試練・難題を克服した大国主は、有能なる大人に成長していました。アッと言う間に、兄弟達を屈服させ、出雲を中心に全国に影響力を拡大させました。


 なお、『古事記』では、大国主はスサノウの6世の孫となっています。『日本書紀』では、スサノウの子となっています。6世でも子でも、どちらでも構わないのですが、「スサノウ→大国主」が重要です。「天照大神→天皇」とセットで記憶してください。


 ところで、因幡のヤガミ姫は、大国主の帰りを待ちわびていました。出雲に戻ったと聞いて、大国主との間に生まれた子(大国主の長男)を連れて、出雲へ行った。そしたら、スセリ姫が正妻としている。相手がスサノウの娘なのでは、正妻の座を断念するしかなく、因幡の現地妻に甘んじることになりました。


 次なる大国主のエロ・恋物語の相手は、越(こし)国のヌナカワ姫です。大国主の名は「八千矛(やちほこ)神」になっています。「八千矛」は沢山の矛という意味ですが、実は「ちんぽこ」という意味が内在されています。大国主(八千矛)の長いエロ歌とヌナカワ姫の長いエロ歌が紹介されます。むろん、歌の後は、めでたく合体です。


 その次に、大国主とスセリ姫(正妻)の、これまた長いエロ歌のやり取りが登場します。『古事記』では、この愛のエロ歌4曲が「神語」(かむがたり)と位置づけられています。通常の神道では、「神語」は「幸魂奇魂守給幸給」(さきみたま くしみたま まもりたまえ さきはえたまえ)のことです。『古事記』は、楽しいね。


「神語」の次に、宗像3女神の長女(タギリ姫)、次女(カムヤタテ姫)と婚姻、それから、トトリ姫(鳥取姫)とも結婚する。『日本書紀』には、トトリ姫は登場しません。


『古事記』では、以上ですが、『出雲国風土記』では別途3女性、『播磨国風土記』では別途2女性、さらに、各地の神社社伝では別途4女性が登場します。その結果、大国主の子供は『古事記』では180柱となっています。『日本書紀』では、181柱となっています。


「④大国主」の最後の部分で、少彦名(スクナヒコナ)が登場して、2人で「国づくり」をした、と簡単に書かれています。しかし、『日本書紀』『出雲国風土記』など各国の風土記、各地の伝説では、土地づくり、穀物栽培、医薬、温泉、呪術などで大活躍した。つまり、泥沼・荒地・不毛の国土を人々が安楽に生活できるように「国づくり」をしたのです。


 余談ですが、近所の薬局に、「大国主と少彦名の医薬ポスター」がありました。


「国づくり」が一段落したところで、少彦名は常世の国へ帰ってしまいました。大国主は、「ひとりでは今後の国づくりは困難だ、どうしたものか」と悩んでいたら、海を照り輝かしながら、1柱の神が出現して、「私を大和の御諸山(三輪山)に祀りなさい。そうすれば、一緒に国づくりをしよう」と言う。大国主は、それを実行して、国づくりはうまくいきました。大国主は大和(倭)も勢力範囲にしていたのです。


 この神の名は、この段階では記されていませんが、『記紀』を読み進んでいけば、「大物主」とわかります。ただし、「大物主=大国主」説もあり、神話の世界はゴチャゴチャしています。


「④大国主」の部分は、大半は「男女のエロラブ話」で、「国づくり」は最後部分に少々出てくるだけです。本来は「国づくり話」が重要なのですが、現代人も古代人も「男女のエロラブ話」のほうが面白いので、そんな比率になったのでしょう。