『医薬経済』6月15日号より、「スマートホスピタル 医療DXの潮流 第3回」を特別公開!




 さまざまな分野で活用されているインターネット上の三次元の仮想空間「メタバース」の医療現場への活用に、順天堂大学と鹿島建設が挑んでいる。


 認知症で入院する患者に外にいるような空間を体験してもらうことでQOLの向上を図ったり、タブレット端末から転院先の病院を見学できたり、メタバース空間で体操教室を開いたりと、高齢者医療の現場が抱えるさまざまな課題を解決するために、建設業ならではの最先端デジタル技術を活用する共同研究だ。


 研究に携わる浅岡大介医師(順天堂大学医学部附属順天堂東京高齢者医療センター消化器内科科長)は「人生100年時代と言われますが、健康長寿を達成するには病気を予防しないといけません。そのために最先端のデジタル技術を活かしたい」と語る。


病棟にいながら外を体験


 順天堂東京江東高齢者医療センター(一般275床、精神129床)では、通常業務が終わった夜に、順天堂と鹿島のスタッフが定期的に共同研究を進めていくための議論を行っている。スタッフは両者合わせて約60人にのぼる。23年2月に事前検討を開始した当初は月に2回の会議だったが、7月の研究開始時には複数のチームができて、開催頻度や回数も増えてきた。


 メタバースを活用する共同研究のテーマは、大きく分けて3つ。第1が、病棟にいながら屋外にいるような感覚を体験できる「そと部屋Ⓡ」の認知症医療への応用だ。順天堂側には、認知症患者は日中をデイルームに集まって過ごすことが多いものの、刺激が少ないという問題意識があった。そこで、そと部屋を使って屋外の環境を取り入れることでQOLの向上やリハビリテーション効果が期待されるのではと考えた。


 認知症病棟のデイルームの一角に約30㎡のそと部屋を設置し、患者に自由に出入りしてもらう。壁面には実際の公園などを基にした映像を映し出し、明るさなど1日の変化を表すことで、時間の移ろいを感じられるようにしていく。また、天井面に空の広がりを感じられる間接照明「スカイアピアー」を設置する。流す音についても、自然の音よりも一般的な屋外の音のほうが開放感を得られるという鹿島の研究結果から、公園などの音を録音し、奥行きや広がりのある音として再生する「サウンドエアコン」という技術を使う。


病棟にいる認知症患者が屋外を体験できるよう設計されている「そと部屋Ⓡ」のイメージ画像 提供=鹿島建設


 そと部屋は鹿島側で施工し、11月頃に医療センターに移設する見込み。患者がそと部屋に入った滞在時間と回数を計測し、日常の睡眠、行動量、服薬量、認知症の評価尺度などの変化について、約半年間計測する予定だ。浅岡医師は「患者さんにも自然で、抵抗がないと思います」と、医療者には患者の環境を変えるという発想がなかったと感嘆する。


 第2が、建物内部の3Dスキャン画像の活用だ。患者や家族がタブレット端末から転院先の病院内部を見られるようにして、見学の時間と労力の手間を省く実証研究を今秋から始めるための準備を進めている。転院先施設の内部を360度カメラで3Dスキャンし、患者や家族にその場で見てもらう。患者満足度や退院の短縮につながったかどうかなどを測る予定だ。


 今回撮影した3つの施設は、医療センターからの転院先として多い場所で、撮影にもおおむね前向きだったという。研究に関わる医師は「患者や家族がイメージをつかみやすく、転院後のトラブル回避に有用になってくると思われます」と期待感を示す。さらに社会実装後は多くの施設をスキャンしておくことで、ソーシャルワーカーが転院先を探す際の見学の労力を省くことも視野に入れている。


 鹿島は01年に医療センターを建設したため、病院建物の図面を持っているという強みがある。図面によりコンピューター上に「デジタルツイン(現実空間の双子)」と呼ばれる現実と同じ建物の立体モデルを構築でき、これをベースにより正確なメタバースをつくることができる。デジタルツインのなかにアバターを置くかたちでのメタバース空間設計は建設業界でも新しい取り組みという。鹿島は「正確な座標軸を持ったメタバース」と表現しており、今回の研究の注目要素のひとつだ。