シリーズ『くすりになったコーヒー』


 COVID-19の予防と治療に、コーヒーの成分は有効でしょうか?コーヒーそのもののin vitro薬理作用は「殺ウイルス作用またはウイルス増殖抑制(詳しくは → こちら )」ですが、COVID-19に特化して、ウイルス受容体(ACE2)への作用もあるようです。それでは深読みです。


 2009年5月、メキシコで始まった新型インフルエンザ・パンデミックが日本を襲いました。6月の日本コーヒー文化学会は中止、薬局ではマスク品切れ、タミフルも品切れ、保育園も幼稚園もお休み、大学は臨時休講、会社はマスク着用・・・間もなく東京もそうなるでしょう・・・そこで厚生大臣にお伝えしたことがありました。


●コーヒーは抗ウイルス性の飲み物である(第21話を参照)


 それから10年、新型コロナウイルス・パンデミックが終わりません。以前と違うのは、特効薬が無いことです。コーヒーの効き目はタミフルには遠く及びませんが、筆者らの研究によれば、有効成分が複数あるものの、どの効き目もコーヒーそのものの効き目に及びません。コーヒーの効き目は、表1のウイルス抑制作用の欄に示すように、各成分の効き目を大幅に上回っているのです(詳しくは → こちら )。



 では、抗炎症作用の欄をご覧ください。コーヒーには、炎症反応に深く関わる転写因子が2つあります。Nrf2とNFκBはどちらも代表的な炎症メディエーターで、Nrf2は炎症を抑制する抗炎症作用に関係し、NFκBは逆に炎症を引き起こすことと関係しています。この2つ転写因子に対するコーヒー抽出液の効き目は↑↓の組み合わになっていて、双方が相乗的に作用して強い抗炎症作用を示します。そしてコーヒー成分のカフェイン、クロロゲン酸、ピロカテコールも↑↓の組み合わせで抗炎症作用を示します。


●トリゴネリンは、薬理学実験でよく使われる強いNrf2阻害薬である(詳しくは → こちら )。


 それでもトリゴネリンが抗炎症作用を示すわけは、NFκBを強く抑制するからです。ところで、表1の浅煎りと深煎りを合わせて5つのうち4つの成分がNFκBを抑制することに注目してください。実はNFκBは免疫系を刺激する強力なサイトカイン(IL-1,2,6,8,12, TNF-α, COX2, VCAM, ICAM)の産生を促す転写因子で、COVID-19患者の病態の形成と重症化に深く係わっています。コーヒーが癌や糖尿病などを予防する薬理学でも、このNFκBの抑制が関係しています。


 さて、深煎りの成分を見てみますと、ピロカテコールはクロロゲン酸からできる成分で、抗炎症作用の形式はクロロゲン酸と同じです。メチルピリジニウムとニコチン酸(ナイアシン)はトリゴネリンからできる成分です。どちらも薬理作用は魅力的ですが、量的に少ない成分なので、コーヒーを飲んでその作用に期待することは難しそうです。


●コーヒー成分の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する作用


 コーヒーの苦味成分が気道細胞の腺毛運動を刺激してウイルスを排出するとの指摘があります(第407と409話を参照)。しかし、もっと確実な抗ウイルス作用は、ウイルスの受容体になっているACE2(アンジオテンシン変換酵素2型)との関係です(第416話を参照)。


 ごく最近の論文によれば、ACEの1型と2型の比率(ACE/ACE2のバランス)が、COVID-19の臨床像を反映して、その比が小さいほど症状の改善を期待できるのだそうです(詳しくは → こちら )。


 仕組みの内容はかなり難しいので、論文に描かれた絵(図1)を紹介しましょう(詳しくは → こちら )。



 詳しい説明は図の枠内を参照してください。結論として論文著者が指摘しているのは、天秤の右側が左側より重くなることが、COVID-19の重症化を防ぐことにつながるということです。表1で言うならば、ACE2を増量するか、ACE2を作るADAM17を活性化することです。まずカフェインはACE2を減らすとのことですから、摂り過ぎは比を大きくします。一方、クロロゲン酸とトリゴネリンはACE2を増やして比を小さくしますから、感染予防のためには浅煎りがよいということになります。しかし、深煎りコーヒーのニコチン酸(ナイアシン)は、ACE2を増やし、ADAM17を活性化するので、これも魅力的な成分と言えます。


●ACE2が増えるとNrf2の活性化とNFκBの不活性化が起こって炎症反応は沈静化する(詳しくは → こちら )。


 さてコーヒーでACE2が増えると次に何が起こるでしょうか?答えは「感染の重症化を防ぐ重要な変化」です。ACE2の増加が抗炎症作用を強めるのです。この論文は、武漢で新型コロナウイルスの感染が始まる前に書かれているので、純粋にレニン-アンジオテンシン系の薬理学を研究した信憑性の高いデータが書かれています。ですから「炎症を抑えるコーヒーとは何か」について再考したくなるのです。もうお分かりと思います。抗炎症性のコーヒーとは、浅煎りも深煎りもということで、成分ブレンド法に基づく「希太郎ブレンド」に他なりません。


●ナイアシン(ニコチン酸)には更なる魅力がある(詳しくは → こちら )。


 SARS-CoV-2には2つのタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)があって、そのうちより多くの機能をもっているのはメインプロテアーゼ(MPRO)です。MPROの化学構造は理化学研究所が解明し、以来世界中でMPROに結合する化合物の探索に火がつきました(詳しくは → こちら )。これまでに幾つかの候補が上がっていますが、ここではNADを紹介します。



 図2をご覧ください。まず左下、ナイアシンを含む深煎りコーヒーを飲むと、体内でNADとNADHができて、それが図2上のようにウイルスのMPROに結合します。するとMPROの酵素活性が無くなって、ウイルスの増殖が起こらなくなります。その一方で、NADは長寿遺伝子の基質となって分解され、(図2下の太い青矢印)、そのとき長寿遺伝子が活性化されて、酸化傷害を受けているDNAが修復されます。その結果、青枠に書いたような細胞生存の変化が起こるのです(第415話も参照)。


●コーヒーはACE2を増やす飲み物だが、コーヒーだけでは不十分


 そのために広く栄養素を調べてみますと、ビタミンA,B3,C,Dの他に抗酸化性のポリフェノールや牡蠣に多いミネラルの亜鉛などがACE2を増やす食物成分であり、しかも前回(第416話)に書いたような可溶性ACE2(sACE2)を増やす成分であることが解ってきました。これらを表1に加えて表2を作ってみました。



 それでは皆さん、新型コロナの特効薬ができるまで、生活習慣を見直して、ACE2を増やすような日常生活を目指しましょう。単に免疫力を高めるというだけでなく、新型コロナウイルスが無毒化しようが強毒化しようが、このウイルスに特化した戦略が勝ち負けを決めることになるでしょう。


●ご健勝を祈ります。


(第417話 完)


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