日本はお茶文化の国ですから、年を取るとお茶を飲む人口が増えるようです。インターネットで治験マッチングサービス「ボランティアバンク」を運営している株式会社ヒューマでは、飲み物の嗜好性を調べるため、会員を対象に「よく飲む飲み物ついて」のアンケートを行いました。550人の調査結果を図1に示します。世代毎に良く飲む飲料の種類がはっきりと変化することがわかります(詳しくは → こちら)。



●年を取ってからのコーヒーを増やせば元気な長寿を実現できる。

 健康な食事が病気を予防することに間違いはありません。ではその健康な食事とは何かと言いますと、いわゆる地中海食と日本食のことで、どちらも野菜と果物、および魚介類と肉で成り立っています。そして加えて重要なことは、どちらも食後のコーヒーを加えることで、疫学的に健康に最も適した食事となるのです(詳しくは → こちら)。


●コーヒーを飲むと元気で長寿になるのは何故?

 新型コロナウイルスで話題になったように、病気になってそれが重症化して亡くなるリスクは若者より高齢者に圧倒的に多いのです。当たり前と言えば当たり前ですが、老化を研究して、赤ワインの長寿遺伝子を発見したシンクレア博士(当時のハーバード大教授)によれば「老化はそれ自身が病気」なのです。だから「治すことができる」とも言うのです(詳しくは → こちら)。

 コーヒーと長寿の疫学研究は、赤ワインよりずっと多く研究されていて、毎日飲んでいる人は飲まない人より寿命が長いことが解っています。この傾向は世界各地の研究で似たようなデータが出ているので、人種、民族、食べ物、風習などとは無関係に「独立したコーヒーの健康効果」なのです。何故そうなるかと言いますと、コーヒーが高齢者の三大死因病(脳卒中、心臓病、呼吸器疾患)による死亡リスクを下げるからです(詳しくは → こちら)。


●長寿遺伝子SIRT1はNAD(ニコチン酸アミド・ジヌクレオチド)を分解して活性型になる。

 酵母のような単細胞生物でも、哺乳類のような多細胞生物でも、生命を維持するためにNADは無くてはならない補酵素で、ミトコンドリアの中でエネルギーを生み出します。このとき同時に生じる活性酸素が老化を促進する副産物になるのです。原子力発電所で核廃棄物が溜まるのと似て、細胞に蓄積する活性酸素を除去するメカニズムが年とともに衰えればやがて寿命を迎えます。NAD自身も廃棄物処理に働いていますが、それだけでは不足なのです。

 今世紀のはじめ、そのNADをリサイクルし、自らは活性化して病気を予防する遺伝子SIRT1が発見されて、それが赤ワインのレスベラトロールで活性化されるという驚きの実験データが、世界中でノーベル賞級の大発見と騒がれました。では、NADができる生化学工程と、そのNADを分解して自らが活性化する長寿物質Sirt1の関係を図2でご覧ください。



 図2のTrpはタンパク質に含まれている必須アミノ酸のトリプロファンです。2つあるVB3にはNAとNAMがあり、どちらも肉類、特に豚肉にはNAMが多く含まれています。これら3つは体内でNADに変わるので、生合成前駆体(プリカーサーまたはブースター)と呼ばれます。そのため各国が定めているNAD前駆体の推奨1日摂取量は、3つの合計をNAに換算した「ナイアシン等量」で決められています。日本人の場合、男性は15㎎/日、女性は10㎎/日となっています。赤味の豚肉なら100gで足りる計算ですが、高齢者の食欲では無理な人も多そうです。そこでビタミン剤以外にも新たなサプリメントが登場したのです。


●肉を食べていればVB3が不足することは滅多にないはずなのに・・・

 それがそうでもなくなってきたのです。理由は経済先進国の高齢化です。年をとるとサルベージ回路の機能が落ちてNADのリサイクル量が減ってしまうのです。NAD不足が進むと、やがてVB3欠乏症(ペラグラ)になります。TrpのNAD変換率はVB3の60分の1程度なので、ほとんど役に立ちません。そこでデ・ノボ経路に合流するNAを積極的に摂る必要が生じるのです。

 ところが困ったことにNAを多く含み、かつ高齢者でも食べやすい食べ物がほとんどないのです。深く煎ったコーヒーが唯一とも言える供給源で、男性なら1日2,3杯、それで不足する分はNAMと一緒に肉から摂ることになります。そこで「コーヒーを飲まない高齢者は肉を沢山食べなさい」という、厄介な食生活を強いられます。


●腸内菌が作るニコチン酸(NA)は救世主なのか?

 以前から分かっていたことは、腸内菌がニコチン酸と酪酸を作っているということでした。酪酸ができるのは酪酸菌がいるからと言えば分かり易いと思います。その酪酸菌を製剤化したビオスリー(東亜薬品)とBM(ミヤリサン製薬)は整腸剤として人気商品になっています。一方、ニコチン酸NAを作る菌は医薬品になっていませんが、ビタミンB3として100年以上の歴史があります。残念なことに、日本ではニコチン酸の販売が中止され、医療保険適用からも削除されてしまいました(詳しくは → こちら)。


【ハイライト】ニコチン酸(NA)と腸内菌の関係

1.腸の壁に受容体(GPR109A)があって、そこにニコチン酸(NA)と酪酸(BA)が結合すると大腸癌や過敏性腸症候群が抑制される(図3:Immunity 40:128-39,2014)。

2.腸内菌が作るNAとBAが脳に運ばれると、パーキンソン病の症状が改善する(図3:Nutrients 2020)。

3.非小細胞性肺癌患者でPD-1阻害薬が良く効いた患者では、腸内菌がNAを作っていた(J Transl Med 2020)。

4.難病ALSでは、GPR109Aを持っている脳幹の神経細胞が脱落している(図3:ALS Frontotemporal Degener 2020)。

5.腸内菌Akkermansia muciniphilaがNAを作って、それが血管を通って脳に移動すると、運動神経が健常に保たれる(図3:Nature 2021)。

6.ヒトと腸内菌は、NADブースターのNAとNAMをやり取りしてそれぞれのNADを補充している(図4を参照:詳しくは → こちら)。 



 ペンシルベニア大学医学校のバウエル教授(写真)は、膨大かつ複雑な実験を丹念にこなして、ヒトと腸内菌の不思議な関係を発見しました。図4をご覧ください。上半分がヒト、下半分が腸内菌です。そして両者の間を、NADブースターのVB3(NAとNAM)が行ったり来たりしています。NAD合成の原料として、腸内菌はヒトからNAMを貰い、ヒトは腸内菌からNAを貰っているというのです。これまでの理解では、「腸内菌はヒトが食べた繊維質を貰ってNAを作って、それをヒトに貢いでいる」と言われていました。それに比べてバウエル教授の発見は、食事の中味とは無関係に、ヒトと腸内菌が共生していることを明らかにしたのです。


【ハイライトのまとめ】ニコチン酸(NA)はコーヒーに含まれている他、腸内菌が作っています。そのNAのビタミン作用は、吸収されてNADになってから発揮されます。NAにはもう1つの作用があって、受容体GPR109Aに結合してから起こります。GPR109Aは腸管壁にもあって、腸内菌が作るNAは先ずここに結合します(図3)。同じく腸内菌産物の酪酸(BA)が同じ受容体に結合することが解っています。つまり腸管壁のGPR109AにNAとBAがバランスよく結合することで、腸管の健康な免疫が成り立っているのです。更に腸内菌が作るNAとBAは血管を通じて脳へ移行し、そこにもあるGPR109Aに結合し、炎症を抑制して神経疾患を予防する役目を果たしています。そしてNAの受容体作用が十分に発揮される必須条件として、NADが十分にあることが大事です。


●十分量のNADの作り方

 NADはありとあらゆる細胞機能の元締めです。NADの不足は病気や老化の原因なので、今世紀になってNADを増やす治療戦略が登場しました。最初はVB3を含む食べ物、赤ワイン、およびその関与成分レスベラトロールによるアプローチが中心でしたが、最近は運動(スポーツ)でもNADが増えると考えられています。以前から運動が無気力や体力の衰えを改善することは経験的に解っていたことです。そこで動物とヒトを比較しながら、運動とNADの関係をまとめた総説論文が発表されて、運動がNAD増量の新戦略になることが強調されました(詳しくは → こちら)。

 図5をご覧ください。ヒトでの実験が難しい脳や肝臓については動物実験が行われています。血液、皮膚、筋肉については、ヒトの実験でNADの増量が確認され、それ以外にもNADと関連する代謝物の変化が調べられています。そして、NADが増えることで、図中央のサルベージ回路が円滑に回転して、NADのリサイクル効率が大幅にアップすると説明されています。



 年を取っても運動することでNADが増えることをヒト実験で確認した論文も発表されています。そのメカニズムは、運動することで図5のNADサルベージ回路に書いてある律速酵素NAMPTが増えることが解明されました(詳しくは → こちら)。


●中高齢者がコーヒーと運動を組み合わせると運動能力と筋肉量を維持し易くなる。

 動物実験に比べてヒトでの研究は少ないので、確かな効果は分かりませんが、現状を知っておくと今後の展開に期待感が高まります。限られたデータから言えることは、普段カフェイン飲料やコーヒーを飲まない人が、コーヒーを飲んでから運動すると、運動能力を表す数値が良くなる傾向があります。しかし、トレーニングを積んだスポーツ選手では、カフェインによる記録の向上はないとのデータが出ています(文献省略)。

 では筋肉量について調べてみると、動物実験では、コーヒーの消費は、おそらくその抗炎症効果を通してサルコペニア(加齢による筋肉量の低下)と関係しているとのことですが、ヒトの場合にはコーヒー摂取とサルコペニアの関係は曖昧ですし、更に慢性炎症の影響について調べられたことはありません。

 ではここで日本人を対象に研究された2つの論文を紹介します。1つ目は2021年に発表された滋賀大学その他の共同研究で、45~74歳の地域住民6369人の調査です。コーヒー消費量と骨格筋量指数(SMI;kg/m2)の間には、コーヒーによる慢性炎症の抑制とは関係なく、男女ともに統計学的に有意な正の相関関係が見られました。何故そうなるかのメカニズムについては更なる調査が必要です(詳しくは → こちら)。

 2つ目は早稲田大学の研究です。40~87歳の日本人2,085人を対象に、1日に飲んでいるコーヒーの量をアンケート調査し、筋肉量はSMIとして実測しました。SMIが健常範囲を下回る113人(5.4%)が筋肉量低値群に相当していました。更に、全体をコーヒー消費量に基いて、<1杯/週群、1∼3杯/週群、4∼6杯/週(≒1杯/日)群、および≧2杯/日群に分けて、それぞれの群のSMIを<1杯/週群に対するオッズ比として計算しました(図6:詳しくは → こちら)。



 図6の調査結果に再現性があれば、1日2杯のコーヒー(あるいは1杯)で筋肉量の減少速度を遅くできます。NHK番組「みんなで筋肉体操(詳しくは → こちら)」の「筋肉は裏切らない」は、筋トレ指導者・谷本道哉さんのキャッチフレーズですが、それほど激しい運動をしなくても、毎日の散歩をコーヒーを飲んで続けていれば、「増えないけれども減らない」筋肉を維持できるのではないでしょうか?筆者は、滋賀大や早稲田大のような研究の先に、「コーヒーを飲みながら運動するとNADと筋肉の減少を最小限に抑えられる」というデータが出てくることを期待しています。


●最後に、北九州宗像市のHPから、市民向け「貯筋」を紹介します(詳しくは → こちら)。



 今回のパンデミックでも、スポーツ選手が感染して、入院したり自宅待機になると、ほんの1週間で筋肉が減って競技復帰まで時間が掛かってしまいます。普通の人でも同じです。よく言われるのは「病気で入院」の場合です。入院中ベットで寝たきりでいると、病気が回復しても体力が戻りません。そしてそのまま寝たきりになる例が多くあります。そんな状況を改善したいとの思いで、宗像市が「貯筋」と称して、若いうちからのスポーツを奨励しています。しかし、スポーツ選手でも入院中の体力低下は避けられません。ですから筆者が思うのは、入院中の朝食にコーヒーをオーダーすることです。


●まとめ

1.疫学データによれば、長寿と最も強く関連する嗜好品はコーヒーである。

2.日本では、高齢になるとコーヒーを避ける傾向が強い。

3.長寿遺伝子の活性化は十分量のNADに依存している。

4.年を取ってNADを増やす(減らさない)方策として、食事(コーヒー付き)、サプリメント(VB3など)の他に運動がある。

5.運動は筋肉量を増やし、同時にNAD不足を改善するので、食事とビタミン摂取を合わせれば「元気な長寿」を期待できる。

(第494話 完)