釈迦に説法だが、ワクチンは、獲得免疫を担当するT細胞やB細胞に、タンパク質やペプチドの抗原を提示して記憶させる手段だ。十分な記憶には免疫の活性化が不可欠な一方、免疫が活性化するほど抗原を大量に入れるのは製造が困難なので、通常は免疫賦活剤(アジュバント)を併用する。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のmRNAワクチンは、合成の容易なRNAで被接種者自身に抗原をつくらせることによって、製造の困難さのハードルを上手に越えた。ただ残念ながら効果が長続きせず、ウイルス側に変異が多いこともあって、接種が延々繰り返される事態となっている。有害事象の高い頻度や深刻さとも相まって、国民に激しい分断を招いており、決定版とは言い切れなくなった。
もっと効果の長続きするCOVID-19ワクチンをつくれたらいいのに、と思っている関係者は多いことだろう。そんななか9月の『npj Vaccines』誌に、愛知県がんセンター研究所の村岡大輔ユニット長を筆頭著者とする注目すべき論文が掲載された。
Sタンパクの断片を抗原、コレステロール基置換プルラン(CHP)のナノゲルを抗原担体とするドラッグ・デリバリー・システム(DDS)のCOVID-19ワクチンが、マウス試験で高い重症化予防効果を示したこと、解析するとウイルス変異の影響を受けづらく免疫記憶も長いキラーT細胞が誘導されていたこと、リンパ節のマクロファージがCHPの糖鎖と結合するタンパク質を高発現しワクチンを盛んに取り込んでいたこと、などを報告したものだ。
プルランは食品の増粘剤などとしても使われている水溶性の多糖類で、いわゆるアジュバントではないのだが、免疫を活性化していることは間違いなさそうだ。
使われたCHPナノゲルを開発したのが、秋吉一成・京都大学医学系研究科特任教授(写真)だ。CHPなど両親媒性多糖のナノゲルに、タンパク質の凝集を防いで生理機能を制御する分子シャペロンと類似の機能を持たせられると発見、その働きをDDSなどに応用する学術領域を切り拓いてきた。実は21年にも島根大学のチームが、旭化成製のヒアルロン酸ナノゲルを用いたCOVID—19ワクチンに優れた特性があったと特許出願しており、そのゲルも遡ると秋吉氏に辿り着く。