欧州医薬品庁(EMA)は米国食品医薬品局(FDA)同様、毎年1月に、前年に承認した新薬の総括レポートを公開している。最新版の『Human Medicines in 2024』には、「EMAが承認勧告した医薬品の一覧」「公衆衛生(Public Health:PH)に重要な貢献をした薬剤等」「国際的に懸念されるPHの緊急事態への主な対応」「医薬品への早期アクセスによるPH上のニーズ対応」「希少疾病用医薬品(以下、オーファン薬)」「評価の結果、否定的意見を提示した医薬品(5品目)」「既存の医薬品への適応追加」「患者の安全確保策」がまとめられている。このレポートを中心に、❶24年にEMAが承認勧告を行った新有効成分含有医薬品(NMEs:New Molecular Entities)の全体像、❷EMAによる承認審査の仕組みと財務・人員、❸日本企業関連製品を含む注目のNMEs、❹EMAによる一般市民向けの薬剤説明の文章例などを紹介する。なお、新規有効成分(含有医薬品)をFDAはNMEsとしているのに対し、EMAは“New Active Substances”と表記している。
■NMEs内訳は欧・米承認品目が最多
24年のFDA総括レポートは「米国で世界初承認」や「画期的新薬」「法で定められた期間内の迅速承認」などを強調するものだった。一方、EUの加盟国(27ヵ国)あっての組織であるEMAのレポートは、世界初かどうかは眼中になく、疾患領域別に新薬をまとめている。
【24年のNMEsは46品目】24年にEMAから「肯定的な意見」すなわち欧州委員会への承認勧告(後述)を得た新薬は114品目、うちNMEsは46品目で、23年の各77品目、39品目から増加した。以下、NMEsの内容を見ていく。
【疾患領域】最多はがんの13品目(28%)、次いで血液が10品目(22%)。その他、循環器・神経・ワクチンが各3品目、消化器・内分泌・皮膚・感染症・ワクチン・診断が各2品目、免疫・呼吸器が各1品目だった。
【審査上の措置利用】「オーファン」指定を受けたNMEsは13品目(28%)。公衆衛生上の大きな利益をもたらす薬剤を150日以内(通常の210日以内)に審査する「迅速承認」3品目、Unmet medical needs(UMNs)に対応する有望な新薬として、アドバイスや評価の迅速化などの優遇措置が受けられる「PRIority MEdicines(PRIME)」6品目、重篤な疾患/公衆衛生上緊急性が高い/オーファンのいずれかで承認後のデータ取得義務を課すことを条件に承認を与える「条件付き承認」8品目、特別な理由(臨床情報が収集困難、倫理的に許されないなど)に鑑み臨床データが不足していても制限付きで承認を与える「例外的状況下の承認」4品目だった。
【モダリティ】抗体医薬15品目〔33%。免疫チェックポイント阻害薬(ICI)4、二重特異性抗体(BsAb)1、抗体薬物複合体(ADC)1を含む〕が最も多く、次いで低分子~中分子薬12品目。低分子の分子標的薬(MTD)7品目、遺伝子組換え融合タンパク質・核酸医薬〔全てアンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)〕・ワクチンが各3品目、配合剤・遺伝子治療・その他が各1品目だった。
【米・日の24年承認NMEsとの関係】46品目中、24年末までに❶欧・米・日3極で承認されたものが15品目(33%、うち4品目が3極とも24年承認)、❷欧・米で承認されたものが19品目(41%)で、❶❷が全体の74%を占める。❸欧・日承認と❹欧のみ承認は各6品目だった〈図1〉。
【申請企業、申請国】3品目承認がAstraZeneca、Novo Nordiskの2社。2品目承認が武田、MSD、ファイザー、ヤンセンの4社。1品目承認が32社あった(アステラス、エーザイを含む)。
申請国(申請企業所在地)は12ヵ国あり、ドイツからが10品目で最多、次いでオランダ8品目、アイルランド6品目の順だった(本社所在国と申請国は必ずしも一致しない)。
■13品目がECへの推奨勧告段階
【EUにおける新薬承認の仕組み】欧州経済領域(EEA)で医薬品を合法的に市販するには医薬品販売承認が必要だ。その手続きは、中央審査方式(CP:centralised procedure)と、それ以外の方式(分散審査、相互認証、加盟国別審査)に大別される。アムステルダムにあるEMAは、CPに基づき、EEAでの販売承認を申請した医薬品の科学的評価と調整を行う。以下については、CPが義務付けられているほか、科学・技術面で革新的な医薬品、公衆衛生上の利益がある医薬品などにも使用できる。
●バイオテクノロジー製品(組換えDNA技術、遺伝子発現制御、モノクローナル抗体技術を含む)
●先端医療医薬品 (遺伝子治療、体細胞治療、再生医療製品、組織工学製品など)、
●希少疾病用医薬品
●HIV(感染症)またはAIDS、神経変性性疾患、自己免疫疾患、その他の免疫不全症、ウイルス性疾患、糖尿病の治療を目的とした医薬品
評価はヒト用医薬品専門家委員会(CHMP:Committee for Medicinal Products for Human Use)が担い、「肯定的な意見(Positive Opinion)」が得られた後、欧州委員会(EC)が法的拘束力のある「販売承認(MA)」の決定を下す。販売国は申請企業が決め、償還その他の手続きについては該当国の規制に従う〈図2〉。「肯定的な意見」とは、新薬の安全性・有効性と品質を認め、「その薬をEEAの患者に販売できる」という評価にほかならない。そこで、『Human Medicines in 2024』では、この承認勧告段階のNMEsも“新薬”として扱っている(エーザイのレケンビを含む)。また、承認プロセスは一般のEU市民にもわかるよう『From laboratory to patient』にまとめられている。
【EMAの財務、人員】23年のEMA年報(公表されている最新版)によると、23年の収入は約723億円で、うち約609億円(84%)が(ヒト用および動物用医薬品を含む)手数料その他の収入だった。一方、常に連携関係にある加盟各国の規制当局(NCA:National Competent Authority)に対する支出として、EMA全体で「科学的アドバイス」に約39億円、「販売承認」に約26億円、「年間手数料」約63億円を支払っている。また、EMAのスタッフ数は982名(23年12月現在)で、女性が639名(64%)。雇用形態は一時雇用664名と契約雇用216名(典型的契約期間は5年間、更新・短縮可)で9割を占めるほか、加盟国NCA等から出向した専門家が48名(5%)いる。
なお、手数料等は『欧州議会および理事会規則 2024/568』(25年1月適用)に事細かく定められている。例えば、申請者が新しい有効成分について「販売承認」を申請する場合は、約1億3,600万円の手数料がかかる(全規格に関する費用を含む)。そこから図2の❶報告者に約4,280万円、❷共同報告者に約3,730万円、医薬品の安全性リスクを評価するPRACの担当者に約400万円が支払われる。なお、EUの中小企業支援政策に従い、手数料等の減額制度もある。