去る2月21日に『産患学官民で迫るドラッグ・ロスの核心~希少疾患の患者さんに新薬を届けるために~』をテーマに行われた日本希少疾患コンソーシアム(RDCJ)24年度年会の10講演から、前編にひき続き、学・官・民・患の6題を紹介する。
■ドラッグ・ロスの“常識”に一石
【未承認薬・適応外薬に対する国の新たな動き】厚労省は、欧米では承認されているが国内で承認されていない医薬品のうち、国内開発未着手の医薬品を「ドラッグ・ロス品目」としている。第59回『医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議』(24年7月5日、資料7)では、その実態として、23年3月末時点で「ドラッグ・ロス品目」が86、うち❶ベンチャーによる開発薬が48品目(56%)、❷オーファン薬が40品目(47%)、❸小児用薬が32品目(37%)で、いずれにも非該当は14品目(16%)のみであることが示された。そこでドラッグ・ロス解消への取り組みとして、従来の「学会・患者会等からの要望」ルートに加え、「国が能動的に、同会議における医療上の必要性の評価のために必要な情報の整理を行うことで、評価、開発要請等の加速化を図る」新ルートを設けることになった〈下図〉。それに先立ち、国内開発未着手の医薬品について国が情報を整理するにあたり、具体的なアクションの一つとして、令和6年厚生労働科学特別研究事業『ドラッグ・ロスの実態調査と解決手段の構築』が行われている(25年6月以降に報告書を公開予定)。
佐藤潤氏(国立がんセンター中央病院 先端医療科 医員)は、同研究班の班長としての活動と、過去数年間に医薬品の活性化を目的として国内外の多くの製薬企業やスタートアップ等と折衝した経験に基づき、『ドラッグ・ロス -希少疾患と希少フラクション-』と題した講演で、日本のドラッグ・ロスに対する“よくある認識”に対し、別の見方を示した。
【米国におけるエコシステム形成の意外な実情】佐藤氏によると、日本の現状の背景には、欧米における「創薬エコシステムの出現」および「医薬品産業の変化」がある。
米国で創薬エコシステムClusterが発生した契機は、2000年代初頭に大手製薬企業がブロックバスターのpatent cliff(特許切れ)による経営危機に直面し、自社内開発に難渋して、創薬シーズを自社以外の中小企業に製薬企業に求めるようになったことだ。
エコシステムは特定の地域に根ざしている。23年時点で代表的な地域は、Boston/Cambridge、Greater Philadelphiaなどだが、いずれも諸事情(施設建設計画の中止、既存施設の移転、産業の変化等)での広い土地余りに加え、前者はMIT、ハーバード大学やマサチューセッツ総合病院、ダナファーバー癌研究所、後者はペンシルベニア大学や同大学病院、トマス・ジェファーソン大学病院など、周囲に優秀な大学と病院群があった。そうした土地を不動産業者が開発し、ライフサイエンス関連の箱もの(Lab)をつくった。投資者は資金回収のために、投資の対象者や創薬シーズを見極め、起業を支援し、ときに経営者と研究者を引き合わせるなど積極的に事業を展開した。
こうした創薬エコシステムはトライアンドエラーを許容できる環境にあり、形成と同時期に数多くの革新的な医薬品が生み出され、従来型の低分子化合物と異なる分子標的薬やバイオ製剤(抗体医薬、抗体薬物複合体、CAR-T療法等の細胞療法など)が激増した。さらに、ITその他テクノロジーの発展と相まって、創薬の方法とスピード感が大きく変化してしまった。その結果の一つが日本における現状のドラッグ・ロスだ。
日本における創薬エコシステムの創出は極めて重要な課題ではあるが、米国のこうした経緯を考えると「ドラッグ・ロス解消のためにエコシステムをつくる」という考え方には違和感がある。
【真のドラッグ・ロスとその予防】よく言われるように「日本の市場に魅力がない」わけではない。なぜなら、日本では薬事承認と保険償還がセットになっており、承認から償還までの期間は世界的に見ても短いからだ。また、市場はまだ世界第3位と大きく、予見性が高い。漸減式の薬価も悪者にされがちだが、薬価が“一つ”という点ではわかりやすい※。
※米国において先発医薬品は、画期性、有効性、安全性、マーケットシェアなどを考慮して、製薬企業が自由に価格設定・変更を行う。販売価格は製薬企業と保険者との交渉で決定されるため、同じ医薬品でも購入者ごとに販売価格が異なる〔内閣府 政策課題分析シリーズ 第13回(平成29年8月)〕。
それではなぜドラッグ・ロスが生じるのか。原因には次のような背景が深く関わっている。
❶早期治験〔小規模単群試験(第Ⅰ/Ⅱ相)等〕が薬事承認のPivotal試験とされる傾向
❷スタートアップ(小規模・新興企業)が革新的新薬創製の主役
❸(海外の)製薬企業が日本で開発・薬事承認する意欲の減退
ただ、ドラッグ・ロス品目の中には、「有効性と安全性のバランスに鑑みると日本人には臨床的に適さない」「有効性・安全性が同等以上の既承認類薬がある」など、いたずらに選択肢を増やす必要のないものも含まれている。国庫に限りがある中、本当に日本に必要な未承認薬(真のドラッグ・ロス)を見定める必要がある。
また、日本人を対象とした治験を省略できるスキーム〔医薬薬審発1023第2号/第3号(24年10月23日)〕が進んでいるが、安全性プロフィールに人種差があること(例:欧米に比べて日本人では薬剤性肺障害の頻度が高い)等を考えると、「国内の第1相を省略可能(な場合があること)」を手放しでは歓迎できない。
ドラッグ・ロス予防のためには、「開発速度」「治験の質」「市場性(売上見込み)」などの各面において、「日本で薬剤開発したい」と思わせる環境の整備が必要だ。