■患者が対等なパートナーとして参画する社会に
【多様な病型がある遺伝性筋疾患】筋ジストロフィー(MD:muscular dystrophy)は、骨格筋の変性・壊死を主病変とし、進行性の筋委縮と筋力低下を呈する遺伝性筋疾患の総称。わが国では難病指定され、国内患者数は25,000~26,000人、有病率は人口10万人当たり17~20人程度と推計されている。発病の機構は未解明だが、筋肉の維持(筋細胞の骨格維持)に関与するタンパク質の遺伝子変異が見られる。病型は原因遺伝子の相次ぐ同定によって細分化され、現在は92に分類されている。MDには根本的な治療方法がなく、従来は対症療法やリハビリテーションによる機能の維持が行われてきた。
MDのうち、筋肉の構造を保つために重要な役割を果たすジストロフィンタンパク質をコードするDMD遺伝子の変異を原因とする「ジストロフィノパチー」には、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)とベッカー型筋ジストロフィー(BMD)がある。いずれもX連鎖性潜性(劣性)遺伝形式のため男児が発症するが、保因者女性にも軽度の筋力低下等が見られることもある。
MDの中で最も頻度が高いDMDはMDの中で最も頻度が高く(有病率:男児10万人当たり4.78人)、ジストロフィンが完全に欠損している。BMD(有病率:男児10万人当たり1.53人)は不完全欠損のため、DMDよりは軽症で進行も緩徐だが、臨床的な重症度の幅は広い〔日本内科学会雑誌. 2022; 111:1548-54.〕。
【複数の立場で希少疾患に向き合う】年会の最後に登場した柴﨑浩之氏は、10歳のときにBMDを発症。国立成育医療センターで他の患者さんを目にして衝撃を受け、薬学の道に進んだ。
◎研究の過程で武田伸一氏〔国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所 名誉所長、RDCJ上級顧問〕とも出会った。NCNP神経研究所では客員研究員として「MDにおける研究への患者の参画」をテーマに活動し、MDの病態研究で博士号(薬科学)を取得した。
◎現在は文部科学省に入省して6年目で、研究振興局 ライフサイエンス係長としてライフサイエンス研究基盤の整備支援に携わっている。
◎一般社団法人 日本筋ジストロフィー協会(JMDA)では、BMD分科会を運営し、MD研究班(NCNP開発費)の分担研究を行っている。
◎さらに、RDCJの設立時には発起人の一人となり、患者幹事代表を務めている。
このように、行政官、研究者、患者会およびRDCJメンバーと4つの立場で希少疾患に関わっているが、今回は『患者の立場から見たドラッグ・ロスの現状と課題~これから患者はどうするべきなのか~』と題し、患者の視点で講演した。
【希少疾患の課題解決は社会に広く波及する】柴﨑氏は、ドラッグ・ロス解消に向けて必要なアクションを、以下のように整理し、「研究開発・創薬プロセスにおいて、患者団体がパートナーとして組織的・主体的に伴走することが治療薬創出につながる」とした。
❶希少疾患を社会的課題として捉える
❷患者団体が社会的課題解決の支援団体(パートナー)となる
❸患者団体が組織的・主体的に研究開発プロセスに参画する(患者・市民参画 PPI)
❹PPIにおいては「患者・家族のネットワーキング」「患者コミュニティの代表性・多様性の向上(ニーズ・情報発信)」「患者リテラシーの向上」「標準医療の浸透」「産患学官民による連携・共同」を重視する
希少疾患研究にはその領域内にとどまらない学術的・社会的に重要な意義がある。
希少疾患患者は特定の遺伝子変異を有するため、その遺伝子やコードされているタンパク質の重要性が臨床的に見え、遺伝子やタンパク質本来の生体機能の理解にもつながるからだ。例えば、DMD遺伝子変異とDMDの臨床症状の関係から「ジストロフィンタンパク質が筋保護に関係する機能を持つ」ことが判明した。その結果、骨格筋研究が進み、全国民が当事者となり得るサルコペニアやフレイルへの応用が期待されている。
さらに「希少疾患の患者ひとりひとりの困りごとは、患者・家族の個人的な問題でなく、産患学官民が連携・協働して社会として解決すべきではないか」との考え方を提示。一方で、患者団体も「新たな医療や治療薬を望んで待つ」だけでなく、課題解決を支援する団体として「参加から参画へ」と意識を変える必要がある、とした。「組織的な患者主体型のPPI」に実現する方法としては、「病型ごとに組織化・ネットワーク化した患者活動」「正確かつ科学的でわかりやすい疾患・研究開発情報の発信」「患者主体的なサイエンスの場への参画」「専門医・研究者との連携や、双方向型の勉強会実施」「産患学官民の連携・協働による研究開発・創薬の推進」などが考えられる。
柴﨑氏は、「これまでは“患者のために”と言われがちだったが、対等なパートナーとして“患者とともに”研究開発・創薬を推進する社会を目指して活動していきたい」と総括した。
年会では、以上10題のほか、市民公開講座として岡田尚巳氏(東京大学医科学研究所 遺伝子・細胞治療センター 教授)による『筋ジストロフィー遺伝子治療におけるAAVベクターの可能性と課題』および石垣景子氏(東京女子医科大学病院 小児科 准教授)による『神経筋疾患に対する遺伝子治療の現状と課題』2講演も行われた。
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製薬協の医薬産業政策研究所によると、2010年代(10~19年)に薬事承認を受けた新有効成分含有医薬品(NME)に占めるオーファン薬の割合は、日本で396品目中116品目(29.3%)、日本で378品目中158品目(41.8%)だった。直近の24年を見ると、米国での割合は50品目中24品目(48.0%)と半数に迫っている。そのぶん筆者も、記事作成のためのNME分析で希少疾病やオーファン薬、その発症・作用機序を目にする機会が増えたが、これまでは少し遠い存在だった。しかし今回、RDCJ年会でさまざまなステークホルダーの生の声を聞いたことで現実感が得られ、オーファン薬に対する理解度が上がったように思う。
2025年3月11日現在の情報に基づき作成
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本島玲子(もとじまれいこ)
「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。
医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。