当面の課題はコスト
50歳を目前に控えたある日、東京理科大の教授から、生物薬剤学の教授を公募していると知らせがあった。そろそろ独立かと思っていたこともあって応募、採用されて17年から現職だ。
新しい職場では引き続き細胞DDSとハイドロゲル構成ODNのミニマム化を扱うのに加えて、髙倉ラボでの最終盤に始めた細胞外小胞(エクソソーム)の研究にも取り組むことにした。
大量に採取できないことが課題で、動物の培養細胞が分泌するものを対象にしている限り展望は開けないと思われた。そこで、世の中にあふれている穀物由来廃棄物からの採取を試みたところ、ケタ違いの量を案外容易に分離できた。そして、トウモロコシの実から採取した平均径約80 nmの粒子にがん細胞の増殖抑制効果が見られたことを21年の『Scientific Reports』誌に、米ぬかから得られた平均径約100nmの粒子にはがん細胞のアポトーシスを誘導する作用が見られたことを24年の『Journal of Nanobiotechnology』誌に報告した。粒子の均一性を評価・担保できれば、医薬品やサプリメントとしての開発も見えてくる。
そして今回、宿題になっていたハイドロゲル形成ODNのミニマム化問題に一定の決着をつけた。2種類のODNだけで十分な性能のゲルが出来ると示し、CMC関連コストの問題はクリアできたのでないかと西川氏は考えている。しかも思いがけないことに、ミニマムゲルは6種類のODNを使ったゲルより長くドキソルビシンを担持・徐放できた。
一方で34塩基長というのは、それなりに長く、舌下免疫療法の抗原キャリアとして使うような微量ならともかく、それこそ抗がん剤を徐放させるような用途に見合うだけのODNを合成して使うのはコスト的に難しいと考えられる。
結合に関与する塩基や糖の数で結合能が変わるのは生命現象の精妙さの現れと見ることができ、天然のODNを使う限り飛躍的な短縮は望めなさそうだ。ただ、もっと結合力の強い非天然物なら話は別で、合成の専門家と共同研究することで道は開けると夢見ているという。なお出願した特許は、京大が権利を延長せず失効している。
ロハスメディア 川口恭