糖尿病スティグマと真のアドボカシー
患者の不利益解消を目指して
―公益社団法人日本糖尿病協会 清野裕理事長に聞く
日本糖尿病学会と日本糖尿病協会は2019年に「アドボカシー委員会」を設立。各種調査や研究を実施し、エビデンスを集積することにより、社会の意識や仕組みを変革する決意を示した。その際に掲げた主な課題が、「1.糖尿病とスティグマ」「2.医療情報の解釈」「3.医療者にも求められる意識変革」だ。特に、医療者や医薬業界関係者は、糖尿病について一般の人に比べてよく理解しているようでいて、誤解していることがある。ときには自覚せずに糖尿病患者にスティグマを付与していることさえある。
そこで、長年にわたり糖尿病の臨床と研究に携わるとともに、アドボカシー活動に取り組んできた清野裕氏に、現状の課題と今後に向けた解決策について聞いた。
■アドボカシー活動、ありがちな誤解
――日本糖尿病協会(日糖協)が、日本糖尿病学会と合同で「アドボカシー委員会」を設立されてから2年半ほど経ちましたが、医療者の意識に変化はみられますか?
清野 最近、メーカーや学会を含めて、アドボカシーあるいはスティグマが、流行りのように取り上げられています。しかし、「アドボカシー活動として患者向けに講演会をした」「市民講座をして健診の受診率が上がったのでアドボカシー活動は成功した」といった発言を聞くと、アドボカシーについて本当に理解しているか疑問です。
本当のアドボカシー活動を実践するには、2つのポイントがあります。ひとつは、「患者の不利益あるいは差別・偏見を解消して初めて、アドボカシー活動となる」ということ。
わが国では、1981年にインスリンの自己注射が合法化され、保険適用となりました。これは、日糖協が十数年をかけて、インスリン自己注射に関するアンケートや署名運動を行い、行政や関係団体に働きかけた成果です[i]。それまでは病院に1日3回来て注射するか、違法行為とされながらインスリンを自費で購入し、注射器は針を自分で煮沸消毒して注射するしかなかった。患者の不利益が解消されたので、本当のアドボカシー活動といえます。
実は、私も最初から理解していたわけではありません。2006年から7年間、国際糖尿病連合(IDF)の理事をしていたのですが、IDFの最重要課題にいつも「アドボカシー」が出てきます。「患者の権利擁護」とか「寄り添う」とか言われるが、適切な日本語訳もない。その後、2019年に米国糖尿病学会(ADA)に参加した際に、知人であった会長から「あなたがたはアドボカシーをよく理解していないようだから、このスティグマに関する講演を聞きに行きなさい」と勧められました。ADAの中でアドボカシーは、サイエンス、エデュケーション、ケアと並ぶ大きな部門なのです。日本と米国それぞれで最優先とする課題は全然違います。米国はもともと医療費が高く、国民皆保険ではないので、インスリンが非常に高額なため必要な人でもインスリンにたどり着けない。それをなんとかしてあげようというのが、アドボカシー活動の原点だったことが分かりました。
では、何をやったらアドボカシーになるか。それを知るには、まず患者が受けているスティグマを解明する必要があります。さらにこれを本人や周囲の人、医療者、メディア、社会に理解してもらわないといけません。