シリーズ『くすりになったコーヒー』



 2019年の第395話「老化とニコチン酸を見直そう」に、ナイアシンフラッシュを書きました(詳しくは → こちら )。ナイアシンフラッシュは、ナイアシン(ニコチン酸)の大量投与(0.5g以上)による薬理作用ですが、好ましい作用ではないということで、専門家も「副作用(diverse effect)」に分類しています。


●「心地よい気分になる」とのブログの記事に誘惑されて体験する人が居る。

 1回に500㎎を超えて飲むことは止めた方が良い・・・理由は、体験者がブログに書かない重度の副作用のリスクがあるからです。法政大学の宮川路子医師は、自身が書く「こころと身体の栄養療法―主治医が教えてくれない栄養療法の話」のなかで「花粉症の治療にはナイアシンが良い」と積極的に情報提供しています(詳しくは → こちら  )。ただし、ナイアシンフラッシュが出るほどの量をサプリで摂ることは、普通は「障害作用の原因」とみなされるので要注意です。


 では、宮川先生の私信から、実際に見られる副作用とはどんなものなのかご覧ください。


【私信】『私はナイアシンをうつ病、統合失調症、双極性障害、発達障害の患者さんに飲んで頂いて、その効果に感動しております。ただ、フラッシュが起きるのと、飲む量が多くなりますと、人によって肝機能障害となぜか足の浮腫が起きます。ひどい方ですと、点滴が必要になるくらい弱り切ってしまいます。特定のサプリメントの影響なのか、ナイアシンによるものなのかがわかりませんが、大量服用している人に共通してみられます。先生はこの件について何かご存じでしょうか?この副作用があるために、服用を中断せざるを得ない方がいるのは残念です。このため、私は定期的に肝機能をチェックしながら服用することをお勧めしております。』


 ということで、副作用がナイアシンによるのか、それともサプリの品質が原因なのか調べてみました。


●ナイアシンの副作用は、徐放性サプリメントで強く見られる。


厚労省食品安全委員会は、米国栄養評議会(CRN)の次の見解を引用しています。


【引用】『ニコチン酸について、潮紅反応(ナイアシンフラッシュ)は一過性で病理組織学的変化を伴わないことから、不快要因ではあるが危害要因ではないと判断された。』


 副作用発現のリスクは、あくまでも投与量に依りますから、ナイアシンの安全な1日投与量の上限は500㎎であること、またフラッシュフリーの徐放性サプリメントの場合には、その半分が上限であることに注意が必要です(詳しくは → こちら )。


 さて、以上に書いた縛りがあることを知った上で、高投与量のナイアシンについて解説を続けます。


 ビタミン作用量(10~20㎎)を超えてナイアシンを投与すると、ビタミン作用とは異なる作用が色々と出てきます。最初に発見されたのは1950年代のことで、脂質代謝の改善でした。その後、この薬効が確実に再現されること、特に他薬では見られない「善玉コレステロール(HDL)を高めること」が確認されて、「奇跡的な薬」と絶賛されたのです(詳しくは → こちら )。このようにナイアシンの薬効薬理は成功を収めていましたが、ビタミン作用とは異なる高用量のメカニズムはほぼ50年もの間不明のままだったのです。


 今世紀に入って間もなく、ハイデルベルグ大学の女性科学者A.ローレンツェンは、ラットの脂肪細胞から分離したタンパク質が、ナイアシンと強く結合する受容体であることを発見しました(詳しくは →  こちら )。そして、それまで解らなかったナイアシンの脂質代謝改善作用が、受容体を介する薬理学で説明できるようになったのです(図1)。


 受容体の発見を切っ掛けに、ナイアシンのビタミン作用とは異なる新たな作用は魅力的で、あっという間に世界中で爆発的に研究が進み、ビタミン作用とは異なるナイアシン薬効の多様性も明らかになってきました。研究者ごとに呼び名が違っていたナイアシン受容体の名称は統一されて、GPR109Aと呼ばれるようになりました。



●脂肪細胞のGPR109Aを刺激すれば、糖尿病を予防できる(図1)。


 図1の説明です。ストレスホルモンのアドレナリンやコルチゾールが、脂肪細胞の油滴(中性脂肪)を分解して血中に放出します。ストレスに対抗するエネルギーを作るために、備蓄脂肪を利用するためです。血中の遊離脂肪酸が増えて血液はどろどろになり、長引くと高脂血症~糖尿病を発症することになります。このとき、脂肪細胞表面のGPR109Aにナイアシンが結合すると、アドレナリンやコルチゾールの作用に逆らって、中性脂肪の分解を抑え、血中遊離脂肪酸を減らして、血液をサラサラにするのです。


 図1のもう1つの作用が、血中アディポネクチンの増量です。GPR109Aにナイアシンが結合することで、プロスタノイドの1種PGJ2が増えて、これが核受容体PPARγを刺激すると、血中にアジポネクチンが分泌されます。アディポネクチンとは、東大の門脇孝教授が夢中で研究した抗炎症性のタンパク質で、血管を保護し、動脈硬化を予防します。まとめると、脂肪細胞のGPR109Aが働くと、血中遊離脂肪酸の低下とアディポネクチンの増量で、2型糖尿病とその合併症を予防できるのです。


 以上のような説明で、前世紀半ばから経験的に実用化されてきたナイアシンの薬効に、薬理学の根拠が備わったのです。また現在では、GPR109Aに結合して、ナイアシンと同じ作用を示す多くのアゴニストが見つかっています。その中で見過ごせないのは、コーヒーのアロマの成分と、食物繊維で増殖する酪酸菌が作る酪酸が知られています(第285話 → こちら )。


●GPR109Aは脂肪細胞以外でも活躍する。


 今世紀になって明らかにされたナイアシンの受容体作用は以下の通りです。


1.大腸-脳関連(パーキンソン病 → こちら )。


2.大腸癌(第287話を参照 → こちら )。


3.潰瘍性大腸炎(第429話 → こちら )。


4.脳(睡眠の質の改善 → こちら )。


5.皮膚(第395話 → こちら)。


●花粉症と関係するのは、高投与量ナイアシン(0.5g~3g/1回)で起こる皮膚症状。


 これらの中で、5の皮膚に及ぼす高投与量ナイアシンの作用は、これまた多岐にわたります。皮膚ランゲルハンス細胞での、現時点で解っている薬理学を図で概説しましょう。



 皮膚ランゲルハンス細胞のGPR109Aにナイアシンが結合すると、プロスタグランジン(PGs)の合成が活発になります。ここではPGD2とPGE2に注目して、ナイアシンフラッシュのメカニズムを図式化しました。


●PGD2は皮膚の毛細管を拡張して血流量を増やす。


 ナイアシンを上手に使えば、手足の血行を改善することができると言われています。


●PGE2は皮膚のマスト細胞に作用して、備蓄されているヒスタミンを放出する。


 このヒスタミンが、拡張した血管に作用して、血管壁の透過性を高めてフラッシュを起こします。毛細血管の壁は筋肉細胞の一重構造なので、ヒスタミンの作用で細胞の隙間が広がると水分や赤血球が外に漏れ出します。この現象を透過性の亢進と呼び、水分の漏れ出しは浮腫を起こし、更に赤血球が漏れ出せば紅潮、痒みや痛みを伴うアレルギー症状を示すようになります。そのためフラッシュは、高用量ナイアシン治療の好ましくない副作用に分類される傾向にあります。


 しかし、この副作用を逆手にとって、アレルギーの治療に応用しようとの試みがあります。マスト細胞に蓄えられているヒスタミンが、ナイアシンフラッシュとして全部出尽くしてしまえば、アレルギー症状が消える・・・というやや凄まじい治療法ですが、上手な使い方を真面目に考えている研究者がいます。


●アトピー性皮膚炎の治療薬としての示唆/食事調査から(詳しくは → こちら )。


 この研究では、アトピー性皮膚炎患者群の食生活を対照群のものと比較したところ、最も大きな差が見られたのはナイアシン1日摂取量でした。アトピー性皮膚炎をナイアシンで治療する根拠が得られたことになります。しかし他の研究グループが実際に使った試験薬は、何故かニコチン酸ではなくニコチン酸アミドでした。そのため受容体が活性化されることはなく、薬効は見られませんでした(詳しくは → こちら )。


●花粉症にナイアシンを勧める医者がいる!


 この季節に何とも悩ましいのは花粉症。市販の医薬品は抗ヒスタミン薬なので、飲むと眠くなるし、頭がボウっとするので、昼間は仕事になりません。車の運転も危険です。そこでPRされているのが、ナイアシンフラッシュというわけですが、淫らにナイアシンを飲めば障害作用がない訳ではありません。


 上記した宮川路子医師(法政大学)の他にも、花粉症にナイアシンを勧めている医師やクリニックは随所にあります。ネット広告も多彩です。しかし、その多くが副作用に言及することなく、「ナイアシンフラッシュは危険ではありません」と一方的に書いています。1つだけ例を引用しておきましょう。この記事は、大量のナイアシンを飲むと特有の爽快感がある」、「テンションが上がる」、「副作用はない」というように、「必要がない人に勧める」内容になっています(見たい人は → こちら )。


 英語圏のネット情報に医師が書いた「花粉症にナイアシン」の記事は見つかりません。その代わり「この記事を書いた自分は医師ではない」と断って、ナイアシンを勧めているサイトが1つ見つかりました(詳しくは → こちら)。短い記事で、飲む量も100~200㎎に限っているので、花粉症のような短期間の使用に限れば、一応安全ということです。以下に邦訳しておきます。


【邦訳】『この記事は花粉症治療の医学的アドバイスではありません。あなたにお勧めするものでもありません。私の友人は、ナイアシンアミドではなく、ナイアシン(ニコチン酸)100-200mgを飲んで、皮膚にフラッシュが起こるのは、ヒスタミンの放出が起こっている証拠だと話しています。彼は花粉症の季節になると、抗ヒスタミン薬を服用して、過剰のヒスタミンによるアレルギー反応を抑えていたのですが、ナイアシンを服用するようになってからは、「フラッシュが起こればヒスタミンが減って、花粉アレルギーが治まると考えたのです。そうして彼はジーンズのポケットに100mgのナイアシン錠ボトルを持ち歩いていると話していました。そして花粉症が起こるかなと感じたら、その数錠を服用して、本当に楽になったということです。』


●フラッシュフリーのナイアシンは未完成品で、買うと損をする。


 フラッシュが怒らない徐放型のナイアシンです。これについては、次回に詳しく解説します。



(第437話 完)



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