2021年6月21日現在、高齢者で新型コロナワクチンの1回目接種を行った人は約1,676万人、うち2回目を終えた人は約512万人(日本の高齢者人口の14%)だ。4月12日以降の接種実績データは厚労省から首相官邸のサイトに移行され、「ワクチン頼み」の心情が透けて見える気がする。
6月21日から本格的な職域接種も始まった。筆者はその前日、ファイザー社・コミナティの1回目接種を地元で受けた。人口7万6千人、65歳以上1万8千人と小さい市でもあり、前週に64歳以下の接種券も予告通り届き、早々にかかりつけ医に予約したからだ。
■接種体験は人それぞれ
接種の流れは、クリニックなりに工夫していた。
入口で看護師①が接種券と予診票の有無を確認し健康保険証等で本人確認→次いで看護師②が検温し、接種券・予診票と「肩を出せる状態で待つ」など接種前の準備を示した紙をバインダーに挟む→2階待合で一度待機し、診察室1で順次医師が問診→接種可なら診察室2または3で、1人1トレーにセット済みの注射器で看護師③か④が筋注。被接種者のバインダーに接種時刻と待機時間(15分または30分)を記した用紙を追加→1階待合に戻って待機。その間、看護師②が各人の待機終了時間を確認し、接種後の注意事項を説明しながら体調不良時の相談窓口・次回用の問診票と予約票を渡す→異常がなければ終了時間に帰宅、といった感じだ。2回目接種は基本的に3週間後の同時間帯となる。
電話予約時に、かかりつけの患者であることは確認しており、30分区切りで人数を調整しているので、問診は3人待ち程度。到着から約30分で帰宅できた。会場は休診日の朝から職員で設営したそうで、接種担当の看護師さんは緊張を和らげるためか、特ににこやかだった。筋注自体の痛みは全くなく、10時間後くらいから1日ほどワクチンを打った左腕が重だるかった程度だ。
これが「マイ接種体験」だが、首相官邸も「ノー天気」「自治体に丸投げ」と揶揄されつつ「ワクチン接種これいいね。自治体工夫集」を公開している。
一方、Zoom同窓会で米国在住の友人に聞くと全く趣が異なる。長年大学で数学を教えており、昨年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹ったが、軽症だった。その後、ワクチンを打つことになったものの、場所はウォルグリーンならぬウォルマートの試着室。運転免許証で本人確認する程度で「注射してくれた人は、医療関係者じゃなかったと思う」と言うが、米国籍を選択して大らかさに拍車がかかり、一向に気にする様子がない。国民性の違いを感じてしまった。
■創薬研究者に何が起きたのか
とりあえず新型コロナワクチンの接種機会を確保して、一息ついていたところ、別の友人からメールが届いた。聞けば、20歳のお嬢さんがおり、新型コロナワクチンの接種について、どんな判断が正しいのか悩んでいるという。
悩みの主な原因は、某医院のサイトで目にした「ワクチン接種による将来的な不妊の可能性」。この医師は、明確に「新型コロナワクチン接種に反対」の立場で材料を集めており、「mRNAワクチン自体が人工ウイルスと言えるかもしれない」「胎盤形成に必要なシンシチン-1というスパイク蛋白質がワクチンに含まれている」など、科学的に誤った記載が散見された。
さらに元ネタをたどると、「元ファイザー副社長」の肩書がある英国の科学者Michael Yeadon氏の主張が主にSNSで広まったもので、現在は否定されているものの、火種は消えず「いつかは子供を産みたい」と思っている女性の態度に大きな影響を与えている状況だとわかった。
Yeadon氏は1995~2011年にファイザーで働き、アレルギー・呼吸器分野の研究をしていた。2011年にはバイオテク企業 Ziarco を創業し、ファースト・イン・クラスのアトピー性皮膚炎治療薬(1日1回経口投与のヒスタミンH4受容体拮抗薬)ZPL389の開発に着手。2016年にはノバルティスが事業買収して治験を継続していたが、2020年7月に開発中止になった。
ロイターがファクトチェックのために同氏の発信内容を遡って調べたところ、2020年の夏頃までは新型コロナワクチンの開発に賛成していたが、その後に姿勢が変化。9月頃に英国のロックダウンに反対し、10月半ばには「パンデミックの終息にワクチンは不要」と主張、11月には「パンデミックは終わった」という動画を公開。さらに12月、ファイザーの新型コロナワクチンが承認される直前に、欧州医薬品庁(EMA)に対し「ワクチン開発中止」の請願書を送った。
これに、ワクチン忌避(vaccine hesitancy)やアンチワクチン運動(anti-vaxxer movement)の人たちが飛びつき、同氏は一躍彼らのヒーローになった。元同僚たちはかつての同氏を「知識に富み、エビデンスに基づく主張をし、喧伝を避ける人」と好意的に受け止めており、昨年来の過激な言動に困惑を隠せないという。
Yeadon氏は、「アカウント乗っ取り」を理由にTwitterのアカウントを閉鎖したが、今でもリツイートによる動画は残っている。また、ビジネス特化SNSのLinkedInでは2021年4月に「不適切なCOVID-19対策への反対運動を続けるために米国に拠点を移したい」と綴っている。
■改めて実感、リスコミの難しさ
創薬研究者の変貌に思わず興味をひかれてしまったが、問題は友人からの問い合わせだ。
新型コロナワクチンのうち、mRNAワクチンは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)表面のスパイク蛋白のコピーを作らせ、免疫系に「この蛋白が表面にあるウイルスと闘え」と教える。スパイク蛋白をターゲットにするのは、SARS-CoV-2がスパイク蛋白を使ってヒトの細胞にくっつき侵入するからだ。
mRNAワクチンは、ブロックするのに最も有効なスパイク蛋白の部分の設計図を「脂質ナノ粒子(LNP)」で包んだもので「人工ウイルス」ではない。ワクチンに含まれるmRNAは、免疫系に教えるためのスパイク蛋白をつくったら、数日から1週間程度で自然になくなる。
ヒトの胎盤形成に必要とされる「シンシチン-1(syncytin-1)」は、mRNAワクチンがターゲットとしているスパイク蛋白とは別物である。免疫反応の結果シンシチン-1が攻撃され、不妊に至ることはないと考えられる。
妊婦・授乳婦への接種は臨床試験を含めて海外で既に行われており、器官形成期(妊娠12週まで)は偶発的な胎児異常との識別のために避け、妊娠後期に感染した場合の重症化リスクとの兼ね合いでの判断が勧められている。
一方、「ずっと先」の妊娠への不安を感じている若い人への回答は却って難しい。作用機序などの「理屈」からすれば、ワクチン接種が将来の不妊につながる可能性は低そうだが、「長期的データがない」のもまた、事実だからだ。
結局のところ、現状でわかる限りの情報は伝えるが、「何事もゼロリスクはない」ので、最終的に「打つ」「打たない」の判断は、その人のリスクとベネフィットを秤にかけたうえでの自己判断に委ね、尊重するしかない。接する人の範囲や活動の種類など、普段の環境や生活上の感染リスクも判断材料になるだろう。
くだんの友人は少し安心してくれたようではあるが、社会全体を見ると「自分が何を信じたいか」「誰が主張しているか」に突き動かされる傾向が高まっているように思え、なんとも心許ない。
【リンク】いずれも2020年6月22日アクセス
◎厚労省. 「新型コロナワクチンQ&A」→「私は妊娠中・授乳中・妊娠を計画中ですが、ワクチンを接種することができますか。」
https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0027.html
◎こびナビ.「ワクチンQ&A:みなさんへ」→「Q5-5 ワクチンで不妊になることはありますか?これから妊娠を考えているのですが、mRNAワクチンを接種しても大丈夫でしょうか?」
https://covnavi.jp/category/faq_public/
◎Johns Hopkins Medicine. “COVID-19 Vaccines: Myth Versus Fact.”
[2021年6月22日現在の情報に基づき作成]
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本島玲子(もとじまれいこ)
「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。
医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。