かつては「効かない」というイメージだった市販薬(一般用医薬品大、OTC医薬品)だが、医療用医薬品を転用した「スイッチOTC医薬品」の登場で、“効く薬”も増えてきた。


 テレビCMなどを通じて広く知られている市販薬も多いが、医薬品市場では医療用医薬品が約9割に対して、市販薬は約1割に過ぎない。医薬品業界を追いかけている記者にとっては、情報のアップデートが遅れがちになりがちな存在だ。そこで不足している情報・知識を補うべく、手に取ったのが『その病気、市販薬で治せます』である。


 大前提として知っておきたいのが市販薬の“立ち位置”。かつては医薬品が上、市販薬が下と明確に分かれたピラミッド構造だったが、効く薬が増えてきたことで、今や〈市販薬と病院の薬は、地続きのグラデーションのようなもの〉になっている。つまり、副作用のリスクもそれだけあるということだ。


 本書では、主要な市販薬の特徴を解説している。うがい薬、鎮痛薬、風邪薬、胃腸薬、目薬など、さまざまな〈薬の特徴を“パターン”で捉える〉アプローチは、薬の全体像を知るうえで有用だ。


 例えば鎮痛薬なら、アセチルサリチル酸(アスピリン)、イブプロフェン、ロキソプロフェン、アセトアミノフェンの4つの成分を押さえておく。それぞれ特性や効果の強弱が違うが、市販薬にはこれらが配合されているものや、別の成分が追加されているものがある。


 多様な商品が存在するだけに、使用する際には、〈断片的な情報で自己判断するより、薬剤師・医薬品登録販売者に「これとこれとは何が違うの?」と個別に聞く〉のが得策だ。


 副作用のリスクや使用の難易度に応じた市販薬の分類が始まって以降、薬剤師しか販売できない薬が増えた。その結果、ドラッグストア勤務の薬剤師も増えた(最近、ドラッグストアは薬剤師に人気の職場だとか)。医薬品登録販売者も制度が始まって以降、累計の合格者が30万人を超えている。


 困るのは〈コッソリ治したい病気〉の場合かもしれない。水虫薬、発毛剤、ダイエット薬、精力剤、痔……、こうした病気を市販薬で治そうとする人は少なくない。


 ただ、〈偏った情報や不十分な知識で購入してしまうと、商品選びを誤る可能性がある〉のはこれらの病気も同じだ。実は、市販の漢方薬で副作用の報告件数が一番多いのは、ダイエット目的の漢方薬だというから、侮れない。


 コッソリ治したい病気の場合、異性の薬剤師や医薬品登録販売者に詳しく相談するのが憚られることもある。AGA(男性型脱毛症)やED(勃起不全)では、専門クリニックが存在するが、コッソリ治したい病気の専門薬局にも案外ニーズがあるかもしれない。


■ロキソニンは“内弁慶”


 盲点だったのが、添付文書と使用期限だ。


 仕事柄、医薬品の添付文書は何度も目にしてきたが、実のところ自分で使う市販薬の添付文書をしっかり読んだことはなかった。添付文書は無味乾燥だが、本書に記されているポイントを中心に読んでいけば、注意すべき点がよくわかる。


 とくに〈①してはいけないこと〉と〈②相談すること〉は必読だろう。


 市販薬は使って症状が治まれば、そのまま薬箱にしまっておくことも多い。箱や瓶に書かれた使用期限を過ぎたものは廃棄していたものの、まったく意識していなかったのが、「開封後の使用期限」だ。


 商品や包装状態によって、開封後の使用期限はまちまちだが、アルミ袋に入っているものや目薬など、使用期限が短めのものもある。注意しておきたい。


 本書を読んで改めて感じたのが、市販薬の世界は非常にドメスティックな世界だということ。医療用医薬品メーカーが世界に通用する画期的な新薬を開発する一方で、多くの市販薬メーカーのマーケットは国内市場に限られている。


 多くの日本人が使う鎮痛薬「ロキソニン」も海外ではあまり使われておらず“内弁慶”だとか。市販の鎮痛消炎貼付剤のシェア5年連続世界1位の「サロンパス」は稀有な存在だが、インバウンド需要で“神薬”と称賛される薬が登場した。次なるサロンパスが登場する素地は十分にある。


 今後、医療費削減を背景に、セルフメディケーションの流れは加速する。2020年に閣議決定された規制改革実施計画では、「一般用医薬品(スイッチOTC)選択肢の拡大」も掲げられた。頼れる薬剤師や医薬品登録販売者はセルフメディケーションの強い味方になるが、インフォデミック(不確かな情報・誤った情報の拡散)や市販薬の乱用といった問題に対処するうえで、消費者一人ひとりが“市販薬リテラシー”を高めることも不可欠である。


 市販薬をめぐるさまざまな論点をカバーした本書は、市販薬リテラシーを高めるうえで、有用な一冊となりそうである。(鎌)


<書籍データ>

その病気、市販薬で治せます

久里建人著(新潮新書924円)