シリーズ『くすりになったコーヒー』


 コーヒーは世界1人気の高い飲み物ですから、含まれている化学成分は全部わかっていると思われ勝ちです。しかしそれは大きな間違いで、まだまだ未知の成分があるのです。その証拠に、心臓病死の原因になるジテルペンが見つかったのは前世紀末のことで、科学史的にはまだ最近のことなのです。しかしその間に、心臓病死の多かったフィンランドでは、鍋ややかんで淹れる煮出しコーヒーの習慣が、フィルターを使うドリップ式に変わったのです。科学的に見れば、コーヒーは古くて新しい飲み物なのです。


 生のコーヒー豆に含まれる薬理作用物質のうち主要なものは次の通り。


1.カフェイン(第232話を参照)
2.クロロゲン酸(体内で、カフェ酸とフェルラ酸になる;第232話を参照)
3.トリゴネリン(第352話を参照)
4.ジテルペン(第349話を参照)
5.繊維質(第285話を参照)


 焙煎すると出来てくる薬理作用物質のうち主要なものは次の通り。


6.ニコチン酸(第285話を参照)
7.N-メチルピリジニウムイオン(第272話を参照)
8.メイラード反応産物(香りと色;第341話を参照)


 ごく普通に考えれば、もう大抵は出揃っていると思えるほど多様なコーヒー成分。ですが、「まだ他にも何かあるのでは?」と熱望している天然物化学者は大勢います。まさかコーヒーにはもうないだろう・・・というのは「灯台下暗し」かも知れません。そうこうしているうちに、2016年の論文にとんでもない物質が出てきました。


●コーヒーから長寿遺伝子の1つであるSirt2を抑制する物質が見つかった。


 今世紀になって発見されたSirt遺伝子群は、「赤ワインのレスベラトロールで活性化されて長寿をもたらす」と書いたNature誌の論文が炎上し、世界中の研究者の探求心に火がつきました。瞬く間にSirt刺激薬(活性化薬)と抑制薬のリストも発表され、Sirt2の抑制薬が神経変性疾患(アルツハイマー病ADなど)の進行を抑制すると書いた論文まで出たのです(詳しくは → こちら)。
そうしてコーヒーからSirt2抑制薬の探索が始まりました(詳しくは → こちら)。



 探索の結果、Sirt2を抑制する2つの成分が見つかり、ジャワミドIおよび同IIと命名されました(図1)。ジャワミドIIはIより多く、かつ作用も強く、生豆10グラム当たりの含有量は最大20ミリグラムに達していました。焙煎によって大幅に減ることもないので、普通にコーヒーを飲めばそれなりの量が体内に入ると思われます。言い換えれば、普通にコーヒーを飲むことで、ジャワミドの薬理作用が発現する可能性があるのです。ではその薬理作用とはどんなものでしょうか?


●ジャワミドはカフェインよりも強い抗炎症作用を示す(詳しくは → こちら)。


 リンパ球系のジャーカット培養細胞を使った実験で、ジャワミドIIがカフェインより強い抗炎症作用を示すことが確認されました。ですから、何らかの理由でカフェインを飲めない人が、デカフェコーヒーを飲んだとしたら、カフェインと同等か、またはそれ以上に炎症性疾患の予防につながるということです。しかし、まだヒト試験で証明されたわけではありません。




 ラットを使った実験はどちらかと言えば簡単なものでした(図2)。細胞実験によく使われるPMA/PHAという試薬をジャーカット細胞の培地に加えて培養すると、強力な炎症性サイトカインTNFαが分泌されました(左A)。このとき、培地にジャワミドIIを加えておくと、TNFαの分泌量が添加量に応じて下がったのです(右B)。


●ジャワミドIIの抗炎症作用がヒトの体内で発現しているとすれば、デカフェコーヒーの病気予防効果を説明できる。


 疫学研究によれば、毎日デカフェコーヒーを飲んでいると2型糖尿病のリスクが下がります(第167話)。最近発表された論文では、デカフェコーヒーが心血管病死のリスクを下げることもわかりました(詳しくは → こちら)。


 2型糖尿病の予防は世界中で喫緊の医療問題です。デカフェコーヒーが普及すれば、コーヒー人口はぐっと増えて、「治療より予防」という基本的な人類の営みが実を上げることにつながります。


(第355話 完)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
空前の珈琲ブームの火付け役『珈琲一杯の薬理学』
最新作はマンガ! 『珈琲一杯の元気』
コーヒーってすばらしい!
購入は下記画像をクリック!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・