元気で長寿の素はエネルギーを生み出すNADです。そのNADの素はビタミンB3で、コーヒーのニコチン酸(主)とニコチン酸アミド(副)がそれに当たります(図1)。どちらもナイアシンと呼ばれる訳は、煙草のニコチンと間違わないようにとのWHOの気遣いでした。しかし、前世紀には分からなかったニコチン酸とニコチン酸アミドの違いが、今世紀になって少しずつ解ってきました。NADがエネルギーを作るだけでなく、遺伝子の傷を治したりするNAD依存酵素(図2)との関わりに差があるのです。筆者が注目している差は2つあります。1つはNAD生合成経路の違い、もう1つはNAD依存酵素Sirt1との関係です。



●NAD生合成経路の差

 NADの生合成経路は図2の通りです。NADへの経路は大きく分けて2つあります。1つはアミノ酸のトリプトファン(Trp)から始まるデ・ノボ経路で、図には省略してありますが、多段階の長い道のりです。ニコチン酸(NA)はこの経路の終盤に合流するビタミンです。

 もう1つの経路はNADのリサイクル回路(学術用語はサルベージ経路)です。NADはNAD依存酵素によって分解されて、ビタミンのニコチン酸アミド(NAM)と、さらにNMNを経て元の形に戻ります。

 ここで非常に重要な生命現象があります。それは、年を取るとリサイクル回路の効率が減ってしまうという現象で、簡単には解決できない内容になっています。もちろん個人差があるのですが、運悪くリサイクル効率が下がってしまうと、デ・ノボ経路に依存することになりますが、不幸なことに食べ物に豊富に含まれているトリプトファンであっても、そのNADへの変換率は、NAやNAMなどのビタミンに比べて60分の1しかないのです。ですからリサイクル回路が劣化すると、TrpではなくNAに頼らざるを得なくなるのです。しかし更に困ったことに、日常食品でNAだけを含む食品の数が非常に限られていて、ピーナッツとヒラタケ、それに深煎りのコーヒーぐらいしかありません。NAは日常よく口にする豚肉などにも入っていますが、それにはNAよりずっと多くのNAMが含まれているので、上記したようにSirt1の働きが妨害されてしまいます。以上はかなり複雑なお話なのですが、人が生きる上で非常に大事な話でもあるのです

 無理して簡単にまとめてみますと、「若いうちは豚肉など普通の食事でNAMを摂って、年を取ったらコーヒーを足す!」ということになるのです。



●ニコチン酸は長寿遺伝子Sirt1を活性化するが、ニコチン酸アミドは阻害する。

 これはあらゆる人のあらゆる状態に適用できる話ではありません。ですから、もし自分が癌やその他の慢性的な加齢病に罹ったら、自分に合った食べ物の選択が必要で、ここでは一般論として紹介します。

 図2のリサイクル回路の酵素Ⓐ、NAD依存酵素②に注目して下さい。この酵素はSirt1と言って、赤ワインのレスベラトロールなどでも活性化されて、健康長寿に関わっていると言われています。不活性型がNADを使って活性型に変わるのですが、NADは分解してNAMになってしまいます。ですから、健康長寿を全うするならば、NADをリサイクルして、Sirt1を減らさないことが大事なのです。

 ところが、ここで出来てくるNAMは、折角活性化したSirt1を阻害するように働きます。阻害作用のメカニズムの詳細は解っていませんが、Sirt1の薬理学実験で阻害薬として使われることもあるほど強く阻害するようです。NAMによるSirt1の阻害を防ぐには、少なくとも食べ物から摂るNAMを減らすことが考えられます。それと同時にNADを補充するためにニコチン酸NAを多く摂る必要が生じるのです。


●NAを含む食べ物は少ないので、サプリメントとして摂る方が有効である。

 NAは豚肉にも入っていますが、豚肉にはそれよりずっと多いNAMが入っています。NAMよりNAを多く含む食べ物としては、茸のヒラタケ、大粒のピーナッツがありますが、毎日食べ続ける食材ではありません。NAをNAMより多く含む便利な飲み物があって、実は深煎りのコーヒーがそうなのです。

 サプリメントとしては、市販の総合ビタミンB剤がありましたが、商品の数はたった1つ、㈱第一三共のノイビタZE錠だけでした。他の商品のビタミンB3は例外なくNAMなのです。そうなってしまった原因は、B3の発見当初から「NAMとNAは同じである」と、ビタミン学会ですらそう考えていたのです。それが当時のビタミン学のレベルでしたから仕方がないことなのです。



 しかし、21世紀になってB3発見以来100年を経過する今、NAMとNAの違いがはっきりしてきたのですから、市場から消えてしまったNAを復活させる必要があると筆者は考えていますし、学会や論文でそう主張する医師も少なくありません。


●サプリ業界は新ブースター(図2を参照)に傾注しているが、ニコチン酸との比較試験は皆無!

 年を取るとリサイクル回路が疲弊してくるので、食事から摂るVB3のNAMは無効になります。一方、デ・ノボ経路のトリプトファンTrpは変換効率が悪いので役に立ちません。そこで期待が懸かるのは、デ・ノボ経路に合流するNAということになるのですが、これが入っている食べ物がほとんどないし、薬も無くなってしまいました。ならば「コーヒーがあるではないか」と言っても、現実には国民の半数はコーヒーを飲まないか、または遺伝的にコーヒーが身体に合わないという事情があります。

 サプリ業界は高い経済効果を期待して新しいサプリメントに興味を示しても、経済的利益の少ないビタミンには全く無関心です。NAを必要とする患者のいる「医療現場はどうするのか」と臨床栄養学会が厚労省に嘆願書を提出したものの、つれない返事が返ってきただけでした。

 新サプリメントを従来のビタミンが無効な人が使うなら臨床的にも有用でしょうが、安価な従来型が有効な人にまで使わせるのは如何なものなのか、筆者は大いに疑問視しています。それでも新サプリを無制限に売るというのであれば、臨床試験でニコチン酸と比較しない理由について、説明責任があるはずです。

 消費者の皆さん、「知識は力」です。古くても役に立つ薬に対して、正しい知識を学びましょう。栄養学の基本に立って知っていなければ、百寿時代を元気に過ごすことは難しくなってしまいます。


●最後に、これまでにこのブログに書いた記事のリンクを書いておきます。是非立ち寄ってください。

1.第497話 NADを増やす食生活とは? → こちら

2.第494話 年を取ったらコーヒーを飲みなさい → こちら

3.第471話 NADブースターの比較/脂質代謝の改善はニコチン酸で → こちら

4.第464話 女優中谷美紀さんがニコチン酸で元気回復❣ → こちら

5.第438話 徐放性ナイアシンは危険・・・副作用だけ! → こちら

6.第432話 要望書 当局にニコチン酸販売継続のお願い → こちら

(第511話 完)