パワハラかどうかは、叱責を受けた本人の感じ方による。だが、回答内容を読み進めていくにつれて、そのリアルな実態に胸が痛くなる。匿名の回答ではあるが、具体的な自身の目撃・体験談を記したものも数多い。
「行事の段取りに不満があると秘書課の職員に対して猛烈に怒る。秘書課は同じ轍を踏まないために担当部局への要求のハードルがだんだんと上がっていく。トイレ(極力きれいな)、個室(姿見等もセット)、導線(極力歩かせない)、着替えの必要性など、以前地雷を踏んだ項目については特に配慮が必要」
「(訪問先での試食に店側から対応できないと断られた件を知事に報告すると)『どんな調整をしてるんだ。知事が行くって言ってるのに少しも時間が取れないのか。もう●●とは付き合わんぞ』と言い放った」
「知事イベントにマスコミが少ないと不機嫌になる。ストレスで眠れない日が続き、体調を崩しました。1日も早く斎藤知事には辞職してほしいです」
具体的な会議名や場面が記されているものが多く、架空のできごととは思えない。机を叩いたり「俺は知事だぞ」と激怒されたり。こういった叱責が常態化していた様子がうかがえる。
県政を改革する手腕と、数々の実績は評価に値する。だが一方で、県民に仕える公務員が知事の手鏡の手配や導線確保にあくせくし、不備があれば理不尽に怒鳴られる。職員は自身の子供に、こんな仕事を誇れるだろうか。勇気を振り絞って回答した職員の気持ちが事実だとすると、斎藤氏の傲慢さは目に余り、あまりに冷酷だ。
街宣カーの上で両手でマイクを握る謙虚な斎藤氏と、いったいどちらが本当の姿なのか。それを探るためには、“事実”を見極める情報リテラシーこそがカギを握ってくる。
一連の斎藤問題は、単に斎藤氏のパワハラが問われているだけではない。告発者を守る公益通報のあり方も、正義を語る言説やSNSのあり方も、すべて民主主義の根幹をなす言論空間を揺さぶる問題なのだ。深堀していけば、「オールドメディアvs SNS」という単純な図式の欺瞞も見えてくるはずだ。
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辰濃哲郎(たつのてつろう) 元朝日新聞記者。04年からノンフィクション作家。主な著書に『歪んだ権威――密着ルポ日本医師会積怨と権力闘争の舞台裏』『海の見える病院――語れなかった雄勝の真実』(ともに医薬経済社)、『ドキュメント マイナーの誇り――上田・慶応の高校野球革命』(日刊スポーツ出版社)など。